吉野葛 谷崎潤一郎(6)

 今日は、谷崎潤一郎の「吉野葛」その6を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 この小説は今回で完結です。「吉野葛」は奇妙な仕組みで描かれていて、序盤中盤終盤と、ずっと吉野のさまざまな伝説や歴史的事件が語られており、けれどもじっさいにこの吉野葛で起きている物語というのは、淡泊なものなんです。谷崎にそっくりな作家「私」と、その友人の津村。この二人が旅をしているだけなんです。津村はずっと知らなかった母の古里を追っていたわけです。「私」は小説の題材になりそうな吉野の伝説を追っていた。全文を読んでいない人はネタバレになってしまうので、ここから先は読まずに、本文だけを読んでもらいたいのですが、けっきょくこの小説には、特になにも事件や伝説に絡んだ怪異は、ひとつも起きないんです。ぼくはこれを、おもしろく読み終えることができたのですが、けっきょく津村は母親の古里を調べきってどうしたかったかというと、新しい家をもうけようとしていた。母親の古里で育ち、母親の幼少時代の延長線上を生きたような、吉野の素朴な娘さんを見つけて、血縁上も縁故もほどよい、遠い遠い親戚みたいな娘さんである「お和佐さん」と結婚を前提としたお付き合いをはじめて、とくに事件もなく、うまいこと結婚をして新しい家が生まれた。作家の「私」は歴史的な事件や伝説を追いながらダイナミックな物語を作ろうとしてそれほど上手くゆかなかったと、オチで告白している。いっぽうで地味に自分の過去の家と新しい家について考え続けた、友人の津村はうまくやっていった。同じ時間、同じところの旅をしながら、二人に差が生じた。文学の技法でいうところの漸降法ぜんこうほうというかアンチクライマックスの展開がおもしろかったです。谷崎は最後の一文でこういうふうに書いています。
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 私の計画した歴史小説は、やや材料負けの形でとうとう書けずにしまったが、この時に見た橋の上のお和佐さんが今の津村夫人であることは云うまでもない。だからあの旅行は、私よりも津村に取って上首尾じょうしゅびもたらした訳である。quomark end - 吉野葛 谷崎潤一郎(6)
 

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次回から漱石の作品を読んで、数ヶ月後に源氏物語を読んでみようと思います。