死せる魂 ゴーゴリ(7)

 今日は、ニコライ・ゴーゴリの「死せる魂」第7章を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 恋人たちの親愛の情を描き続けた画家シャガールが、このゴーゴリの「死せる魂」を愛読していて、戦後3年の1948年ごろに、すてきな装画の数々を残しているんです。それはネットでもいちおう見ることが出来ます。
 本作では、ゴーゴリはダンテの『神曲 地獄篇』に見立てて物語を構成していますが、ゴーゴリが描きたかったのはダンテの地獄というよりも、シャガールが愛するような、牧歌的な農民たちであったように思います。シャガールの描いた「死せる魂」こそが、ゴーゴリの物語世界のイメージに相応しいんだと思いました。
 この物語の主人公であるチチコフは信用できない仕事をする詐欺師男で、作者のゴーゴリはいったいどういうように思って、この小説を書いているのか、そのことそのものが今回の第7章の冒頭で記されてゆきます。
 ゴーゴリは、作家の苦難というのを描くんです。人間社会の内奥を冷淡に暴き出す作家は、非難と悪罵を浴びることになる、とゴーゴリは書き記します。詐欺師チチコフと偉大な作家にはどこか、共通項があります。主人公チチコフは、ついに死んだ農奴の戸籍を四〇〇人分ももらい受けたのですが、1人もどこにも居ないんです。書類上だけ存在する農奴なんです。
 ゴーゴリはこの奇妙な主人公を書くときに、こう思っています。本文こうです。
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 わたしは不思議な力に引きずられて、まだこれから先きも長いこと、この奇妙な主人公と手に手を取って進みながら、巨大な姿で移りゆく世相を、眼に見ゆる笑いと、眼に見えず世に知られぬ涙をとおして、残る隈なく観察すべき任務を負わされているのだquomark end - 死せる魂 ゴーゴリ(7)
 
 ゴーゴリは架空の世界を描きだすことを「観察する」ことだと、述べているんです。生き生きとした人物像をつくりだすのに、こういう感覚で創作しているんだろうなあ、と思いました。
 詐欺師チチコフは自分の買い取った農奴の名前を見てみるんですが、どう考えてもこれは偽の名前だろうというものも混じり込んでいる。逃亡者も買い取ったので、監獄に入っているはずの者の名前さえある。窃盗犯の名前もたぶんある。めちゃくちゃな名簿なんです。チチコフは名簿の名前だけを見ていろいろでたらめに空想を繰り広げています。
 第7章になって、ひさしぶりに地主マニーロフと再会します。詐欺師チチコフのことをちゃんと親友だと思ってくれているのは、このマニーロフだけかと思います。彼は人が良いので、チチコフの悪性がほとんど見えない。
 今回の詐欺師チチコフの、役所での届出に関しては、なかなかスリリングな描写に思いました。
 チチコフが買い取ってきた農奴たちなんですけれども、これがついに公式に登記される。てきとうに集めていたものが、広い世間の前に出ることになる。これは……こういうことは詐欺をしていない人でも、こういう緊張感はどういう職業の人でもあると思うんです。不法行為はしていなくても、誰でも不誠実なことはどこかでしているわけで、そういうのを隠しながら表だった仕事をしなきゃいけないとか、好き放題自由に仕事をしていた人が新聞記事になったとたんにその仕事の欠陥をスクープされてしまうとか、いつの時代でもあり得ることだと思うんです。チチコフは存在しない農奴たちを買い取ってきてこの名簿を所長に見てもらって登録してもらう。この場面は興味深く読みました。作者のゴーゴリこそがまさに、この小説をロシア帝国の検閲官に読んでもらって、この出版許可を取らなきゃいけない。ほんとうの緊張感というのがここにあるんだと思いながら読みました。この第七章は白眉の展開であったように思います。虚勢をはったり、対立があったり、自分の実力以上の仕事をする場合は、チチコフみたいな状況には、陥るはずだと思うんです。
 詐欺の真相である「生きているように見せかけているけれども、ほんとうは死んでいる農民たち」というのは、名作文学のそもそもの構造でもあるわけで、古典は死者の言葉であるわけで、そこの記載でもの悲しさもあるんです。冥婚にも似たなにかが、古典文学の中にあると思うんです。ダンテは死者ウェルギリウス(ヴァージル)を生きてすぐ側にいる師匠であるかのように描きだしました。ゴーゴリは「死せる魂」の生きた記憶、つまり農村のありさまを物語全体で描いていると思うんです。
 全文を読む時間が無い場合は、今回の章だけを読むのも、この物語を理解するのにずいぶんお勧めできるかと思います。
 主人公チチコフは、詐欺活動を上手く進行させることができて、なんだか喜んでいるのでした……。
 

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