晶子詩篇全集拾遺(51)

 今日は、与謝野晶子の「晶子詩篇全集拾遺」その(51)を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 キリスト教でも西洋思想でも仏教でも儒教でも、石に価値を見出す思想ってほとんど無いと思うんですけど、日本独自の、八百万の世界観では石に人間性を見出そうとする、これは賢治や与謝野晶子だけではなくって、日本人独特の価値観のように思います。(あるいは詩人独特の感性かもしれないです……)自然界と人間の心がどうも混じりあっている。今回は睡蓮の詩も印象に残りました。クロード・モネが『睡蓮』を幾枚も描いて発表したのが1903年から1908年ごろです。与謝野晶子がフランスに行ったのが明治45年の1912年。与謝野晶子は印象派の時代のヨーロッパを旅して、今回のような詩心を描きだすようになったの、ではないか、と、感じました。「正月に牡丹咲く」という作品は新年らしい詩でした。
 

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