論語物語(17) 下村湖人

 

 今日は、下村湖人の「論語物語」その17を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 ダンテ・アリギエーリが『神曲 地獄篇・煉獄篇・天堂篇』という偉大な作品を記す少し前に、ダンテは政治の仕事でひどいめにあって、故郷を追放されてしまったんです。
 孔子の人生には故郷を去って、長い放浪の旅に出るシーンがあるんです。元居たところから去ってゆく、というのが文学や哲学の著名なところで印象的に存在しているように思います。wikipediaにはこう書いていました。
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 政争に敗れてフィレンツェを追放されたダンテは、北イタリアの各都市を流浪し、政局の転変を画していた。その中で方針の違いから白党の同志とも袂を分かち、「一人一党」を掲げる。この体験はダンテにとって非常に辛いものであり、『神曲』中にも、「他人のパンのいかに苦いかを知るだろう」、と予言の形をとって記されている。ダンテの執筆活動はこの時から本格的に始まり、『神曲』や『饗宴』、『俗語論』、『帝政論』などを著していった。quomark end - 論語物語(17) 下村湖人
 
 孔子の場合は「故郷をあとに、永い漂浪の旅に出たのは、五十六の歳であった」と記されています。そしてまずは「衞」の国を訪れた。下村湖人は、この時の孔子の状況と心情をこう書いています。
quomark03 - 論語物語(17) 下村湖人
 孔子は、待遇よりも自分の政治的信念を実現する機会が得たかったので、一縷の希望をつないで、しずかにその時の到るのを待つことにした。
 こうした場合、彼の心にぴったりするものは、何といっても音楽であった。彼はしばしば詩を吟じ、しつを弾じ、けいを撃った。quomark end - 論語物語(17) 下村湖人
 
 磬という楽器の演奏は、youtubeで聞けて、こういうものなんです。
 ここで奇妙な隠者が現れる。孔子の磬の音色から、かれの心情を考察している。下村湖人の見立てではこういう発言になっています。
quomark03 - 論語物語(17) 下村湖人
  自分を知ってくれる者がなけりゃ、あっさりすっこんでいりゃいいのに、方々うろつき廻ってさ。ふッふッふッ、時勢を知らないのにも程があるよquomark end - 論語物語(17) 下村湖人
 
 ぼくは十年くらい前に文学賞とかに何回か落選して、それでもまだ仮作すること自体に興味があって、年に1回くらい話しを書いているんですけど、たぶんネットで文学作品を調べている人には、習作をやっている人が多くて、ちょっと調べてみると、大きな文学賞には必ず一千人が常時応募しているし、ほんの一年間で三千作品くらいが落選しているわけで、その作者はまあ数千人以上はつねに居るんですけど、たいていの人はなんども作品をつくって落選している、引っ込みはつかない感じの人も多いんだと思います。記録では七十歳を超えてからメジャーな文芸誌に初登場した人も居るわけですし。
 新人賞に応募している人の中には、手芸をちょっと習ってみる感じで気軽にやっている人も居るでしょうし、ダンテみたいに絶望の淵に立って大作をものにしようという人も居る可能性があるわけで、ぼくの場合は物語空間が生成されること自体になんだか興味がうつっていて、作品が完結してしまうともう使い道がなくなってしまって終わる感じで、習作を無意味に続けているんです。紙に印刷されて自分の書いた文章が図書館に収蔵されたりしたときは嬉しかったですけど、かといってそれが実現しても、実力や話題性があるわけでもないので、その先にとくに広がりもなく、けっきょくはネットで文学を読むサイトを運営しているだけ、という感じなんです。
 孔子は、弟子たちからは非常に期待をされて、千年後二千年後の時代にまで深い影響を与えた思想家ですけど、政治家としての孔子は不遇だったようです。この不遇な面が、凡人の自分としては理解しやすいというか、勉強になりやすいところであるように思いました。
 自分が他人から認められないから、孔子は憂うということでは無いわけで、孔子はこう考えます。
quomark03 - 論語物語(17) 下村湖人
 一身を潔くするというだけのことなら、大して難かしいことではない。難かしいのは天下と共に潔くなることじゃquomark end - 論語物語(17) 下村湖人
  

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嫁入り支度 アントン・チェーホフ

 今日は、アントン・チェーホフの「嫁入り支度」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは、すてきな小説なんです。チェーホフの小説で、これぞ文学だという感じがしたんですけど。……この主人公はさいご、ごく普通の問いを発するだけなんです。その沈黙の表現が印象に残りました。近代ロシア文学にはチェーホフが居る。どうもチェーホフには他にも傑作があまたにあるらしいんです。いつか読んでみたいです。
 

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記憶 萩原朔太郎

 今日は、萩原朔太郎の「記憶」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 記憶をたとえてみれば
 記憶は○○のようなもので……
 という萩原の詩の始まりを読んでいて、記憶をたとえてみるのか、という問いの立て方がもうすでに詩人だと思うんですけど、このあとの詩の第一連のおわりに「うれしさ」という言葉で締められていて……ふつう言葉はこのようにみごとに響きあったりしない、と思って、韻を踏んでいるとか韻律が整っているとみごとだと思うんですけど、それ以上に、萩原朔太郎の自由詩における意味の共鳴のさせかたに魅力を感じました。萩原朔太郎のこの詩に出てくるモノ……雪や汽車の窓や月というものを画家が順番に並べてゆくだけで、ずいぶん美しい絵画になっているように思いました。いったいじぶんが何に感心しているのか、説明がつかないんですけど、繰り返しちょっと読んでみて、短い詩の中でいろんな言葉がうまく相互作用しているように思いました。「○○のようなもの」ということを複数回積み重ねていたりするんです。和音みたいに。
  

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晶子詩篇全集拾遺(46)

 今日は、与謝野晶子の「晶子詩篇全集拾遺」その(45)を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 停電のあとの混雑する列車の中での出来事を記していった、掌編小説のような詩があって、すごかったです。
quomark03 - 晶子詩篇全集拾遺(46)
 反抗的な不作法を、
その傍に立塞がつて
庇護かばつてゐるやうに見えるquomark end - 晶子詩篇全集拾遺(46)
 
 このすぐあとの一行が、リフレインするかたちで記されているのが美しい詩で、百ページの短編小説として読んでみたいものだと思いました。
それから「母と児」という詩は、なんだかケンリュウの「紙の動物園」を彷彿とさせる詩です。ところでbooklive.jpの「ブラウザ試し読み」ボタンはすごいですね。かなりの分量を読ませてくれるんです……。中国でも日本でも、大正時代でも現代でも、母と子は与謝野晶子の詩のように繋がっているように思います。
 与謝野晶子の記す詩世界に心酔しました。今回の詩はお薦めなんです。
 

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時計のない村 小川未明

 今日は、小川未明の「時計のない村」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 時代の流れの逆側へ向かう……ということはどこかに必ずあると思うんですけど、ぼくは車に乗らなくなって、バイクにも乗らなくなって、自転車だけに乗っている暮らしなんですけど、この自転車だけになっちゃった、というのが意外と楽しいんです。時計の無い暮らしも、実現してみれば楽しいように思います。
 

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ロボットとベッドの重量 直木三十五

 今日は、直木三十五の「ロボットとベッドの重量」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 人工知能は、基本的には紡績機械の出現と同じで、人々の暮らしをどちらかといえば豊かにしてゆくと思うし、そういう実績が多く現れてきているんですけど……。
 直木三十五は、人間そっくりなロボットが工場で働いたり、家で家族の面倒をみたりする、そういう近未来を描きだしています。機械による事故、機械によって実現した大規模な戦争というのを連想しました。労働機械が現れた数百年前に、仕事の無くなることが危惧されたんですけど、じっさいには大岩を手だけで運ぶとか、水を桶だけで運ぶとか、手紙を足だけで運ぶというような仕事が無くなっていっただけで、機械を操作する仕事は増えていったわけで、人工知能でもたぶんそれに似たことが起きるように思われます。煩雑すぎるデスクワークが減って、管理とか観察とか表現をする仕事が増える、ように思います。
 直木三十五は作中に、ただの思いつきのようなセリフとして、こう書いていました。
quomark03 - ロボットとベッドの重量 直木三十五
 「ロボットを政府事業にして、一切の生産は、こいつにやらせるんだね。人間は、だから懐手をしていて、分配だけを受ける。」quomark end - ロボットとベッドの重量 直木三十五
 
 機械が労働のほとんどを受け持って、だれもがベーシックインカムを受け取れるというような、とてつもなく遠い未来のことを直木三十五がちょっと考えていたのかもしれないと思いました。じっさいの二十世紀では、産業機械の発達によって、座ったままで仕事をしていて機械を操作するという仕事につく人たちがとても多くなっていったのだと思いました。
 

0000 - ロボットとベッドの重量 直木三十五

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