蟲 江戸川乱歩

 今日は、江戸川乱歩の「蟲」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 人嫌いが極まりすぎて隠棲した柾木愛造と、その幼なじみだった女優の木下芙蓉、この2人の物語なんです。サロメを演じる人気女優の木下芙蓉が、じつは柾木愛造の幼いころの女友だちであったことが判明して、この2人が再会することから、奇妙な物語が始まります。
 柾木愛造は幼いころから他人が嫌いで、いつもいじめられていて泣きそうになっていた。彼が唯一恋したのはこの、同い年の木下芙蓉という幼い少女だった。彼女の使っていた、小さくなりすぎた鉛筆を盗んで、宝物としてだいじにしていた、という記憶がよみがえります。池内という男が引き合わせた、この2人の再会は柾木愛造にとって夢のようなひとときだった。ギュスターブ・モローの描きだしたサロメの『出現』という絵画を彷彿とさせる、異様な小説でした。江戸川乱歩の怪奇性が好きな人にとっては、最高傑作と言っても良いくらいの不気味な描写がてんこ盛りでした。
 本作は中盤から、ずいぶん妙な話になるんです。ここからはネタバレなので、近日中に『蟲』を読む予定の方は本文を先に読んだほうが良いかと思います。
 序盤の第三章で、どうも柾木愛造が女優につきまとって事件を起こしてしまったらしい、ということが記されます。どういうことなのか、ということが語られてゆきます。
 どうも池内は、恋仲である木下芙蓉の晴れ晴れしい姿を紹介して、旧友の柾木愛造を羨ましがらせて、からかってやろうとしていたんですが、これが事件に繋がってしまった。事件の真相はどういうものだったのか、というのが徐々に明らかになってゆきます。
 木下芙蓉と柾木愛造の関係は、ここ半年くらいひとつも生じていなかったはずだったんですが、柾木は、池内と木下芙蓉が愛しあっていることに嫉妬して、一方的に憎悪と執心を募らせてしまっていた。そのあと柾木が木下芙蓉を尾行しつづけてしまったのが不味かったんです。付け回して盗み見をしても、負の事態しか生じないのに、これが辞められなくなってしまった。
 彼は犯罪の計画のために、まず自動車の運転を訓練しはじめ、事件の後処理をするための準備を調えた。後半からは、彼の犯罪心理と犯行が克明に記されてゆくのでした。高等な遊民であったはずの柾木愛造の、逮捕されて禁固刑に処されたほうがましなくらい、悩ましく悍ましい日々が綴られてゆくので、ありました。作中に、蟲、という文字が51回も記される、奇怪な小説でした。
  

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追記  AIの人工音声で、伏せ字や黒塗りだらけの怪奇小説を読みすすめると、なんとも異様な読後感になりました。柾木愛造と木下芙蓉は蛆に集られて哀れにも朽ち果てるのでした……。

黒壁 泉鏡花

 今日は、泉鏡花の「黒壁」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 泉鏡花と言えば幽寂な日本画の世界に、母や妻への思慕と恋情を描きだす、雅な作家だと思うんですが、今回のは始まりから終わりまで怪談のみを書き記していました。
 金沢の黒壁山の深夜二時ごろ「うし時詣ときまいり」をする妖しい女たちがいる。五寸釘が打ちつけられて穴だらけとなった木木が闇夜の中に浮かびあがるさまが描写されます。この黒壁山に、一人の女が現れます。
quomark03 - 黒壁 泉鏡花
 霜威そうい凜冽りんれつたる冬の夜に、見る目も寒く水を浴びしとおぼしくて、真白の単衣ひとえは濡紙を貼りたる如く、よれよれに手足にまといて、全身の肉附は顕然あらわに透きて見えぬ。うるおいたる緑の黒髪はさっと乱れて、背と胸とに振分けたり。quomark end - 黒壁 泉鏡花
 
 これが主人公の「」の親友である美少年を、呪いつづける女であることが中盤で明らかになります。「かれ」は放蕩の末に家を追い出されていて困っていた。その時に現れた女が「お艶」なんです。かれは「豪商の寡婦に思われて、その家に入浸いりひたり、不義の快楽を貪りしが、」四ヶ月もするとこの不義が祟ってかれは衰弱してしまって「お艶」から逃げ出してしまった。「お艶」はこの愛別離苦が耐えられず……続きは本文をご覧ください。
  

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追記   さいごには「お艶」の渾身の「うし時詣ときまいり」を目撃してしまいます。「カチンと響く鉄槌の音は、鼓膜をつんざきて予が腸を貫けり」と泉鏡花は記します。ここから、呪詛に冒された二人の男女がどうなるのか…… というところで、結末が記されないままこの小説は幕を閉じるのでした。
   

猫と村正 小酒井不木

 今日は、小酒井不木の「猫と村正」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 怪しい噂が絶えない「魔の列車」を使って、実家に帰るしかなかった「私」は警戒しながら、これに乗車します。じっさいに近くの車両で、盗難事件が起きてしまった。「私」も靴を一足なくしてしまった。
 ところがこれはたんに「私」のミスだったようで、無くしたはずの靴が足元にあった。良く見るとどうも、これは自分の靴では無かった。ちゃんと調べてみると、片足だけ他の人が履いて、トイレに向かってしまった。「私」の靴は帰って来たのだが、この勘違いした男を車掌さんは、ほんとに窃盗犯ではないのか念入りに調べようとすると、この男性はじつは、不自由な身体を動かすのに難儀していて、靴を見分けることが出来ない状態だった。車掌は疑ったことを恥じて謝罪し、元のところへ戻った。
 こういう体験をした「私」は、自分の家の不幸について考えるので頭がいっぱいだったところで、妙に心理的な余裕が生まれて、彼と来歴について話しあったのでした。
  

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追記  ちょっとネタバレなので今から読む予定のかたはご注意ねがいます。後半に、嫉妬と死が絡む不気味な事件が描きだされるのでした。呪われた刀の村正について男は滔々と語ります。魔の列車の中で語られる、怪談なのでした。先妻の遺骸に乗っていた三毛猫が、後妻にたいして不気味な態度で睨むので、この猫を捨てると、数日したら帰ってくる。それから後妻に、不幸が襲い来るのでした……。猫の祟りとしか思えない病で後妻が苦しみ、猫に襲われる妄想に冒される酷い状態で、不気味な猫がふたたび家に入りこんだのでした。ここで男は村正を抜いて切りつけるのですが、怒りに我を忘れていて事故が起きるのでした。最後は、病に臥した母と家のことが記されます。エドガー・アラン・ポーの「黒猫」を彷彿とさせる暗黒の怪談は、静かに幕を閉じるのでした。
 

森の暗き夜 小川未明

 今日は、小川未明の「森の暗き夜」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 深い森の中の小さな小屋に住む一人の女が描写されます。5章までは、謎めいた森のことが描かれ、7章からは、森の女の過去が回想とともに描きだされます。暗い森の中になぜ一人で生きているのか。小川未明はこんかい、闇の怪談を描くのでした。
 

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ドグラ・マグラ 夢野久作

 今日は、ドグラ・マグラの「夢野久作」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは日本三大奇書とも呼ばれる、有名な暗黒小説で、序盤の1頁目から立ち現れる、見知らぬ親族という謎と、大病院に監禁された男がどうなるのか、というサスペンスが描かれ、終盤では……………この本は大長編なんですけれども、最初の十頁だけを読んでもそうとう魅了される作品だと思います。夢野久作の作品はいろいろあって、「きのこ会議」という掌編がなんだか、おすすめなんです。
 

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(総ページ数/約10頁 ロード時間/約3秒)
 
追記 ぼくはこれを十年くらい前にいちおう最後までざっと通読したんですけど……今回は全文を再読できませんでした。当時これを読み終えて思ったのは……ここからネタバレなんですけど、終盤で血の呪いというか父権の呪いが病者全体を縛りつけるという、ナチスと大病院の関係を連想させるような展開があって、はじまりの荘厳美麗な暗さの魅惑からガラッと変化して、不気味な父子の物語の鬱々とした世界感に衝撃を受ける、究極の奇書……という印象でした。
 

胡氏 田中貢太郎

 今日は、田中貢太郎の「胡氏」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは不思議な伝奇で、田中貢太郎といえば怪談の名手だと思うんですが、今回のは怖さのない怪異を記していて、ちょっと日本昔話のような神秘的なもののけ譚でした。
 狐の嫁入り、というと天気雨や燐火のことをいうんですけど、十六世紀あたりの中国は河北省の直隷に、胡という男がいて、富豪のすむ家を訪れた。これが賢いので家庭教師になってもらった。ところが胡は人ではなく狐で、これを目撃した主人は、胡の求めた、娘との求婚を断ってしまう。そこから争いが起きる、狐の大群が押しよせて、奇妙なことが起きる。妖しい美しい物語でした……。
 

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(総ページ数/約10頁 ロード時間/約3秒)
 
追記  日本のお見合い結婚の歴史はじつは武将の政略結婚からはじまった、というようなことをこのまえ知ったんですが、この「胡氏」ではまさに、争いを治めるにあたって、平和な結婚を実現する、という展開がありました。みごとな奇譚でした。