島崎藤村 嵐

 今日は、島崎藤村の「嵐」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは平易な現代語で読める、藤村の近代文学で、4人の幼子が育つ家族のようすを描き出しています。
 新しい借家を探して子供とともに歩きまわる風景や、幼子たちのことが描かれます。

  不自由な男の手一つでも、どうにかわが子の養えないことはあるまい、その決心にいたったのは私が遠い外国の旅から自分の子供のそばに帰って来た時であった。
 
 事件性の無い、平和な家での日々を記しているのですが、真に迫る人間の描写に圧倒される近代文学でした。
 これは実録文学なのでは……と思えてくるような、虚構と思えない幼子たちの描写なのでした。当時の基準で言えばけっして貧困では無い一家のはずなのですが、近代独自の不自由さが子供や「私」にのしかかってくる描写があるのでした。また大正12年の歴史的な震災のことも描かれていて、その時に、子供たちが何を感じて何を思ったのか、ということについても本文に描かれていて、これは百年後にも読まれる文学なのだというように思いました。
 保育から縁遠い自分にとって百年前の子育て物語はなんだか、心にせまってくるものがある名作というように思いました。
 

縦書き文庫の装画

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(総ページ数/約10頁 ロード時間/約5秒)

※以下は物語の結末を含みます。クリックで表示されます。

 東京育ちの子供たちもどんどん大人になっていって、子どもたちは画家を志し、太郎は農と絵を仕事とするために旅立ってゆきました。「私たち」はずいぶん経ってから、森の中にある、太郎の新しい家を訪れます。この描写がなんだかとても、すてきでした。

 

飢ゑ 原民喜

 今日は、原民喜の「飢ゑ」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これはとても静かな事態を描きだした純文学で、原爆以前の原民喜作品の文学性とも通底しているものに思います。被爆後の広島を歩きまわる「僕」の姿が描き出されています。

 路を歩いてゐても、何か郷愁に似たとてもいい匂ひがするので、あれは何だつたかしらと、暫く戸迷ひながら、さうだ、パンを焼いてゐる匂ひだな、世の中にはパンを焼いて食べる幸福な家庭だつてあるのかと、吃驚さされる。
  
 作中にこういった描写があります。「この家におしかかつて来る飢ゑのくるめきは、次第にもうどうにもならなくなつてゐた。生暖かい白つぽい細雨が毒々しい樹木の緑を濡らし、湿気は飢ゑとともに到る処に匐い廻つた。そして、煙が、家の中で薪や紙を焚くので、煙はいつまでも亡霊のやうにあちこちに籠つてゐた。」サルトルの「嘔吐」やノーベル文学賞作品を連想させるような、すごい小説でした。調べてみると、戦後すぐの広島では戦災孤児の餓死者がもっとも多かった時期であった、という記録がありました。ほんのすこしではあっても、支える人がいる、ということの重要性を思わせられる物語に思いました。
  

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(総ページ数/約10頁 ロード時間/約5秒)
 
原民喜『夏の花』を全文読む。
 
追記  作中に、敗戦後の広島の、さまざまな人の姿が描き出されていました。原爆の惨禍を描いた中沢啓治さんのすぐ近くを歩いていた原民喜氏、という現実の風景を空想しました。
 

季節のない街 山本周五郎

 今日は、山本周五郎の「季節のない街」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 僕は「季節のない街」を5年前に全文、読んでみたんですけど、日本のいくつもの映画で印象深かったものが、山本周五郎の小説の中にあまたに記されていました。山本周五郎は時代小説を主に書いたと思うんですが、今回のは戦後すぐを描きだしたものです。現代社会と共通項が多いように思います。この山本周五郎の小説はちょうど、近代と現代との……中間が描きだされた世界のように思えました。
 じっさいはどういう事情で描かれたのか分からないのですが、この「季節のない街」は、戦争孤児のことを考えて物語を創っているところがあるように思う短編が、いくつもありました。ぼくは「肇くんと光子」という短編がいちばん楽しかったです。それから終盤「たんば老人」の「泥棒」に遭遇するエピソードが印象に残りました。
 いちばんはじめの六ちゃんが運転する幻の電車に導かれて、物語の世界に引き込まれてゆきます。戦争が終わったあとの世界が、いったいどういうものだったのかが垣間見えるように思いました。(※これは5年前に書いた紹介文です)
 

縦書き文庫の装画

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(総ページ数/約200頁 ロード時間/約5秒)
 
追記  今回から、新バージョンの電子書籍を実装してみました。縦書きページの、本文の右上に、いろんなボタンを作りました。右上の[+]ボタンから文字の大きさを自由に変更できるようにしました。また、右上の[えんぴつmenu]ボタンから、シェアボタンなども追加して、ブックマークしやすくしました。また[スポイト]ボタンから背景色を選べるようにして、本文を読みやすくしてみました。
 
 それから表紙絵をきれいに表示させることに成功しました。文末の底本の見た目と内容も、色あせた文字で美しく整形して、表紙絵の左右にひろがるイメージカラーも用意してみました。
 

※以下は雑文です。クリックで表示されます。

追記  この1ヶ月間で300回ほどの失敗と実験を繰り返して、やっと新バージョンを実装できたんですが、この電子書籍は、地下鉄に乗車中でもスマホで本を開きやすいように、たったの1クリックで装画をスキップして本文だけを表示できるように、調整しました。また高性能PCでも流麗に表示されるようにUI意匠を設計し、サイト名と表紙絵は、フェードインアニメーションで表示できるように工夫しました。1000ページを超える長大な本も表示可能で、タブレットやノートパソコンなどでも快適に読書できるようになりました。サイト名の墨文字はこれはプロの書家のかたに5年前に依頼して書いてもらったもので、かなりのお気に入りの文字で、5種類くらいあります。全画面写真も数十種類以上用意してみました。
 
◎ 背景色を以下から自由に選べるように改良しました。
  

淡麗 #FAF2EB
わたくしといふ現象は仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明です

温和 #FCEDE0
わたくしといふ現象は仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明です

枯淡 #F6E8DE
わたくしといふ現象は仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明です

#D2B48C
わたくしといふ現象は仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明です

#938981
わたくしといふ現象は仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明です

白雪 rgba(255, 255, 255, 1.0)
わたくしといふ現象は仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明です

rgba(255, 255, 255, 0.2)
わたくしといふ現象は仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明です

サンプルではどうも色が沈んでしまって見分けられないのですが、
「晴」や「白雪」などには、
文章にもオーバーレイやソフトライトといった光が降りそそいでいるため、
文字がうっすらと細くなって、読みやすくなっているのです。
モニタや光源によってはこれらは見分けられないかもしれません。

 
ブラウザのキャッシュが残っていると、もしかすると、古いバージョンで表示される可能性があります。その場合は「シークレットモード」を使うか、あるいは、新刊のほうを読んでみてください。

 今日から、数百冊の全ての本に関して、フォントサイズの変更ができるようになりました。この機能によって、拡大図書(大活字本)を完備できることになりましたので、これは視力が衰えつつある方にも、介助者の操作さえあれば、大きな文字で本が読めます。苦労してバージョンアップの実験を繰り返した甲斐はあったかなあ……と、思っています……。

道理の前で フランツ・カフカ

 今日は、フランツ・カフカの「道理の前で」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。

 道理の前でひとりの門番が立っている。
 その門番の方へ、へき地からひとりの男がやってきて、道理の中へ入りたいと言う。
 しかし門番は言う。
 今は入っていいと言えない、と。
 

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(総ページ数/約10頁 ロード時間/約5秒)
 
追記  これは……カフカの代表作で。世界のさまざまな不条理芸術に影響を与えた……再読してみてもなんだかすごい、珠玉の文学でした。ほぼ数ページで完結する、おどろくほど短い作品です。

※以下は物語の結末を含みます。クリックで表示されます。

 「どういうわけで、長年にわたって、わたし以外に誰も、入ってよいかと聞きに来ないままだったのだ?」「ここでは、他の誰も、入ってよいなどとは言われん。なぜなら、この入り口はただお前のためだけに用意されたものだからだ。おれはもう行く、だからこれを閉めるぞ。」という記載は、カフカの文学世界そのものをも意味しているのでは、というように思えました。カフカだけがそれを認識していて誰も読まなかった物語は、氏の脳内におおく存在していたのだ、と思いました。次の門番や、3番目の門番、その次の門番……というのが描かれた、カフカ直筆の原稿がどこかに眠っていたりは、しないのだろうかと思いました。

 

金の十字架の呪い チェスタトン

 今日は、チェスタトンの「金の十字架の呪い」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これはブラウン師父が活躍する、謎解き物語の代表的な作品です。魚のかたちの絵が刻まれた十字架という世にもまれな財宝を狙う悪人との闘いを描きだした物語です。
 けっこう入り組んだ小説で、初見ではほとんど意味が分からないまま読み終えてしまったのですが、読み直してみると、すごいことが描かれていて……。
 

※以下は完全にネタバレですので、読後に真相を知りたい場合のみ、クリックして表示してほしく思います。

 本件は、推理小説やサスペンス小説の王道である、変装トリックのことが終盤に描かれます。
 殺されたウォルター牧師に変装し、人々の目の前に現れた真犯人が描かれるのは、全体45%の箇所です。
「幸いにも、牧師が彼自身この場に現われた、彼は灰色の頭髪の人の善さそうに見える紳士であった」
 これが事件を起こしたあとに変装した真犯人の姿なのでした。本文こうです。

  幸いにも、牧師が彼自身この場に現われた、彼は灰色の頭髪の人の善さそうに見える紳士であった。好古家同志として教授に親しみのある話しをしてる間、興味よりは、むしろ敵意を以てその同伴の彼の一行を見なすようには思われなかった。
「私はあなた方のうちどなたも迷信深くない事をのぞみます」彼は愉快気に言った。「まず最初に、私はこの仕事において吾々の熱心な頭にかかってる悪い前非やまたはいかなる呪いもないという事を、皆さんにお話しせねばなりません。礼拝堂の入口の上で見つけたラテン語の銘を私は今ちょうど訳している所です、そしてそれは三つの呪いがふくまれてるように思われます。すなわち、閉ざされた室に這入る事に対しての呪、第二は棺桶を開く事に対する二重の呪い。そしてそれの内部に発見された金の霊宝に触れる事に対しての三重のそして最もおそろしい呪いです。その最初の二つはもう既に私が受けたのです」と彼は微笑をもってつけ加えた。「しかし私はもし皆さんが幾分でも何かを見ようとなさるなり彼等の最初のと二番目をお受けになるだろうという事を気遣います。物語りに依りますると、呪詛は、長い間においてそしてまたなおもっと後の機会に、かなりぐずぐずした形式で現われます。私は皆さん方にとってどちらが幾分かの慰めであるかどうかは知りません」それからウォルター氏は元気のない慈悲深い態度でもう一度微笑した。
 
 牧師に変装をして微笑していろんな話しをしている……真相が分かってみると、百年前の小説にしてはずいぶん不気味な場面で、現代のサスペンス映画みたいだなと思いました。
 権力を悪用し、命や希少品といった重要なものを完全に奪い去ってしまう、名前の無い真犯人というのが立ち現れる、チェスタトンのミステリー小説でした。こんかいはブラウン師父の健闘も及ばず、真犯人の逮捕にまでは至らないのが、かえって小説の独自性を作りあげているように思いました。

 

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(総ページ数/約10頁 ロード時間/約5秒)
 

AIがまとめ、人間が書き直した物語の要約はこちら。クリックで表示されます。※物語の結末を含みます。

 大西洋を航海中の巨船モラヴィア号の食堂で、六人の男女が小さな卓子テーブルを囲んでいた。ビザンティン研究の権威スマイル教授、女流旅行家ダイアナ・ウェルズ夫人、洒落た浪費家ポール・ターラント、イギリス人講師レオナルド・スミス、もう一人の無口な講師、そして「ブラウンという名で通っている小柄な英国の坊さん」がいた。彼は「非常に注意深く会話に聞き入っていた」。
 人々が立ち去った後、教授はブラウン師父だけに秘密を打ち明ける。その際、教授は彼に「あなたは今まで私が出逢った最も聡明なそしてまた最も潔白な方である」と言った。かつてギリシャの地下迷路で、教授は裏に魚の形をした標徴を持つ金の十字架を発見した。教授はその時、地下の薄明りの中で、古代のキリスト信者たちは「人間の足のはるか下に落ちて、薄明りと沈黙の陥没した世界に口をきかずに住み、そして暗くそして薄明な音響のない世界に動いて、ちょうど魚の様に見えたに違いない」という思いを抱いた。その地下で見えぬ声の主から「十字架を手放せ、さもなくば殺す」と脅された。以来、脅迫状が届き、敵はこの船中にもいるかもしれない。教授の話を聞いたブラウン師父は「彼はわしかもしれんな」と機嫌のいいさげすみを持って応じた。
 船着後、教授はブラウンを伴いサセックス州ダルハムの墓地へ向かう。到着すると、ターラント、夫人、スミスら同船者たちが皆集まっていた。そこへウォルター牧師が現れ、一行に呪いの伝説を語る。十三世紀の領主ギイ・ド・ギソルが馬欲しさに金の十字架を奪い、鍛冶屋を経てユダヤ人の金貸しに渡り、ついにそのユダヤ人が領主の子息によって「残酷に焼かれ」、十字架は元の墓へ戻されたという。牧師は一行を地下礼拝堂へ案内し、蝋燭を灯す。
 教授が石棺の中の黄金の十字架に触れた瞬間、支えの棒が外れ、巨大な蓋が落ちて教授は血を流して倒れる。師父ブラウンは「たおれた人の傍にひざまずいて、その様子を吟味しようとした」。その時、ターラントが教授を抱き上げる。するとブラウン師父は彼にささやく――「あんたは誰れかをつけとる探偵じゃ」。ターラントもそれを認める。ブラウンは既に航海中から彼の正体を見抜いていたのだ。
 騒ぎの後、牧師ウォルター氏が自殺したとの報せが入る。しかしブラウン師父は「なんてわしは馬鹿じゃろう!わしはもうとうにそれがわからんければならんのだった」とつぶやき、真犯人の変装トリックを暴露する。
 その暴露は、まず偽の呪いの伝説そのものを歴史的に論破することから始まる。ブラウン師父は言う。
「わしが信じないのは伝説じゃありませんのじゃ――それは歴史ですわい」「なぜならそれが歴史じゃないから」
 そして彼は、あの伝説が中世の現実を無視した虚構であることを、ユダヤ人の立場を例に挙げて証明する。
「そのユダヤ人はきっと領主の家来じゃなかったのじゃろう。ユダヤ人は神の下僕として特別な位置を持っておったのじゃ、殊に、ユダヤ人は彼の宗教のために焼き殺されるはずはなかったのじゃ」
「それは決して中世紀の物語りではなかったのですわい。それは誰れかが小説かまたは新聞から取った意見でつくり上げられたものじゃな」
 こうしてウォルター牧師に成りすました真犯人による偽の伝説を虚構と断じた上で、ブラウン師父は真犯人の手口を明確に語る。犯人は本物のウォルター牧師を殺害し、その黒い僧服を奪って、変装した。教授が触れた十字架の鎖(数珠)の残りを、棺の蓋の支え棒にぐるぐると巻きつける細工を施し、教授が触れた拍子に棒を外して蓋を落とし、事件をつくりあげたのである。そして犯人は死んだ牧師の死体を棺に隠し、自らが「牧師」に変装して太陽の光の下に現れ、最も丁寧な態度で一行を案内し、挨拶をしたのだ。
 犯人の行方は依然として不明だが、教授が回復すれば手がかりが得られるかもしれない。やがて意識を取り戻した教授は、ビザンティン風の夢を語る。幾度となくそれ等の模様は火の上に置かれて色のあせる金のようにあわくなって行き、暗い岩壁の上には「ピカピカ光る形が指で魚の燐光の中に掏い上げたように描かれてあった」――それは彼が最初に敵の声を聞いた時に見上げた標徴であった。
 かつて地下の暗闇で教授が語った「暗くそして薄明な音響のない世界に動いて、ちょうど魚のよう」であったキリスト信者たちの孤独を思う、ブラウン師父。当時の信者たちが戦争の被害に巻きこまれたことを述べつつ、最後にブラウン師父は静かにこう告げるのだった。
「魚は再び地下におしこめられるかもしれん、だがもう一度この明るい太陽の光りのもとに出て来るじゃろう。セント・アントニーが諧謔的に注意したように、ノアの大洪水に生き残るのははただ魚だけじゃ」

 ファシズムの悪性の問題についても描きだされていますが、チェスタトンは優生学を否定する文章も他日に書いていました。またヒトラーのナチスがユダヤ人を迫害しはじめたころに、この非道をいちはやく批判した文人でもあるのでした。

絵はがき 堀辰雄

 今日は、堀辰雄の「絵はがき」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 堀辰雄の諸作は、なんだか洗練されていて美しい文体なんだと思います。

 僕がホテルのベッドに横になつて、讀書をしてゐたら、窓から、向日葵の奴がしきりにそれをのぞきこむのだ。(略)
 空には、一めんに、壜の破片かけらが散らばつてゐる。そいつがきらきら光つてゐる。どうも、頭の上へ落つこちて來さう……
 
 百年前の日本に、ゲーテかハリーポッターかアンデルセンのような幻想的な一場面が描かれる小説があったのか、と思えてくる文体なのでした。こういう本をあと1000冊は読んでみたい、と思う小品でした。
 

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追記
 

  僕の籐のステッキがまづ魔法のバートンといふところ。これで觸つたら、小鳥だらうが、花だらうが、木の枝だらうが、みんなお喋舌りをしはじめさうである。僕はそつとステッキを小脇にかくす。
 
 さいごステッキを手にしている「僕」は、ふっと空に舞いあがり、小説そのものも「僕」と同時にかき消えてしまう、不思議な掌編作品でした。