癩院記録 北條民雄

 今日は、北條民雄の「癩院記録」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 近代日本文学には、病について描きだした文学作品が多いと思います。正岡子規の「病牀六尺」が有名です。子規がつねづね投稿していた文芸誌「ホトトギス」は赤い血を吐いて鳴く鳥にたとえてホトトギスという名を用いたらしいですし、闘病文学というのが近代の文学の、ひとつの中心にあったように思うんです。
 徳冨蘆花の「不如帰」は結核を描きだしていて、他にも泉鏡花が少年の病を美しく描きだすのも印象深いです。精神病院を描いた作家としては芥川「河童」や夢野久作の「ドグラ・マグラ」それから島崎藤村の「ある女の生涯」などがあります。藤村をいつか読んでみようと思います。
 北条民雄は、ハンセン病を患いながら病状について描き続けた作家で、代表作は「いのちの初夜」です。今回の「癩院記録」はもうすこし実話を中心にした、随筆なんです。まず、ハンセン病の施設に入所するところから描きだします。当時は不治の病として考えられていました。北条民雄の特徴的なのは、自分が過酷な病に陥りつつも、医者のまなざしを重んじていて、自分の環境も客観的に観測しているところがすごいと思うんです。それでいて冷徹では無く、仲間の患者たちの生のありようを描きだしています。
 

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象を撃つ ジョージ・オーウェル

 今日は、ジョージ・オーウェルの「象を撃つ」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 ジョージ・オーウェルの作品は「1984」が有名で、現代でも最新訳でこれが読めるんです。この「象を撃つ」というのはちょっとすごい作品で、苦力を殺してしまった害獣のゾウを、英国人がライフルで撃つ。一文で書くと、法的にも倫理的にも、なんの問題も無さそうに見えるんですが……、行為者本人が自身の悪について論考している。帝国批判の書でもあるんです。オーウェルのような批評性のある近代作家はほとんど居ないのではないかと思いました。物語上での問題は、正当防衛と言えない時間差があることで、今まさにもう1人の人間が被害にあいそうだというときに害獣を銃撃することは、明確な正当防衛であってなんの問題も無いんですが、ゾウはすでに殺人の意思を持たない状態になっていて、撃つ必要がほとんどまったく無くなっているのが、主人公の行為に違和感を抱かせるんです。
 見えないところからの嘲笑、それから逃れたいがために、問題を大きくしてしまう……。最後の一文で、主人公の思惑の真相が明記されていて、これにも唸りました。
  

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檸檬 梶井基次郎

 今日は、梶井基次郎の「檸檬」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 文学の最初の書きだしというのが、その作品の全体の構成を決めていることがあると思うんですけど、この始まりはほんとにすごいなと思います。カフカの『変身』もすごいと思うんですけど、日本の近代文学といえば、この檸檬の冒頭ではと、思いました。檸檬……。
 

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廃墟から 原民喜

 今日は、原民喜の「廃墟から」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは原民喜「夏の花」の、その後の場面を描いた文学作品なんです。原民喜の「夏の花」における冒頭の詩は、 聖書の言葉からのものなんです。「ソロモンの雅歌」第八章十四節にこれが記されています。この雅歌を読んでゆくと、花の描写が印象深いんです。
quomark03 - 廃墟から 原民喜
  もろもろの花は地にあらわれ、鳥のさえずる時がきた。山ばとの声がわれわれの地に聞える。
いちじくの木はその実を結び、ぶどうの木は花咲いて、かんばしいにおいを放つ。わが愛する者よ、わが麗しき者よ、立って、出てきなさい。quomark end - 廃墟から 原民喜
 
文語訳はこうなっています。
quomark03 - 廃墟から 原民喜
  もろもろの花は地にあらはれ 鳥のさへづる時すでに至り 班鳩の聲われらの地にきこゆ
無花果樹はその青き果を赤らめ 葡萄の樹は花さきてその馨はしき香氣をはなつ わが佳耦よ わが美しき者よ 起て出きたれquomark end - 廃墟から 原民喜
  
 この「雅歌」を、原爆の直撃を受けて生き残った原民喜は始めから終わりまで読んでいてこれを引用しつつ、自分たちの生をどのように描くのかを考えて、物語を編んでいったのが「夏の花」です。
 平和に毎日を生きられることの重大さ、というのを感じずにはいられない記述があまたにありました。爆風や原爆症によって広島で亡くなった人々が記されてゆきます。本文こうです。
quomark03 - 廃墟から 原民喜
  「惜しかったね、戦争は終ったのに……」と声をかけた。もう少し早く戦争が終ってくれたら——この言葉は、その後みんなで繰返された。quomark end - 廃墟から 原民喜
 
 戦後すぐの貧困による死者は日本中に多く、その困難が、さまざまに記されていました。この本の、終わりの三行の記載に唸りました。見知らぬ人に知己のおもかげをなぜだか重ねてしまって、つい挨拶をしてしまう。その事実を淡々と記していて、これが文学としての深い印象を残しているように思いました。
  

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家のあるじとして気になること フランツ・カフカ

 今日は、フランツ・カフカの「家のあるじとして気になること」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 ほんの数ページの掌編なのですが……これはカフカしか書かないだろうという異様な気配の小説になっています。オドラデクという謎の生きものが(たぶんヒトデかクラゲをより謎めいた感じにした生きものが)、家の中で生きている。そういえばニシオンデンザメというサメは400年くらい生きて、植物には1万年以上も生きるものがいるそうです。

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妻 アントン・チェーホフ

 今日は、アントン・チェーホフの「妻」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 近代ロシアにおいてもっとも有名な作家、チェーホフの文学作品を読んでみました。今回は、難民化した十数人の農民たちを描きだすことから物語がはじまります。「農民はこぞって農舎および全財産を売却し、トムスク県に移住したりしところ、目的地に到らずして戻って参りました」そうして難民化してしまった。
 チェーホフは本作で、いろんな人をとにかくくさすんですけれども、その教養ゆたかな嫌味の数々に、そこはかとないユーモアが含まれていて、読んでいて楽しいんです。
 主人公は、寄付をして支援している難民のことについて、ほとんど知らないんだということに思い至り「現におれは奴らを知りもせず、理解もせず、一度だって見たこともなく、愛してもいないじゃないか」というような疑問も抱く。妻が「陰謀を企ら」んでいるとまで考えはじめて「おれは旅に出なけりゃならん!」と言ったりする。ところがどうも人当たりは良いんですよ。
 あらゆることに批判的になっていて、妻にも支援対象者にも、ずいぶん辛辣な文句をつぶやきながら、えんえん善行を志す主人公というのが、おもしろかったです。
quomark03 - 妻 アントン・チェーホフ
   百姓の笑顔を眺め、大きな手袋をした男の子を眺め、農舎を眺め、自分の妻のことを思い出しながら、今やっと私は、この人に打ち勝つようなそんな困窮はないことをさとるのだった。空気の中にもう勝利の気が漂っているような気がし、私は誇らしい気持になって、私も彼らの仲間だぞと叫ぼうとした。しかし……(略)……
 私は私の想念とともに一人ぼっちになった。社会事業を成し遂げた何百万の人の群から、人生の手が私を、無用で無能な悪人として弾き出したのだ。私は邪魔者だ、民衆の困窮の一分子だ、私は闘いに負け、弾き出されて、停車場へ急ぐのだ。ここを発ってペテルブルグの、ボリシャーヤ・モルスカーヤ街のホテルに身を隠すため。
…………quomark end - 妻 アントン・チェーホフ
 
 このさきの終盤の展開が、すてきでした。
 

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追記
作中に記載されているイヷンという人名……本文とまったく関係がないんですけど、この「ヷ」に関する記事がおもしろかったです。