家のあるじとして気になること フランツ・カフカ

 今日は、フランツ・カフカの「家のあるじとして気になること」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 ほんの数ページの掌編なのですが……これはカフカしか書かないだろうという異様な気配の小説になっています。オドラデクという謎の生きものが(たぶんヒトデかクラゲをより謎めいた感じにした生きものが)、家の中で生きている。そういえばニシオンデンザメというサメは400年くらい生きて、植物には1万年以上も生きるものがいるそうです。

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妻 アントン・チェーホフ

 今日は、アントン・チェーホフの「妻」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 近代ロシアにおいてもっとも有名な作家、チェーホフの文学作品を読んでみました。今回は、難民化した十数人の農民たちを描きだすことから物語が開始します。「農民はこぞって農舎および全財産を売却し、トムスク県に移住したりしところ、目的地に到らずして戻って参りました」そうして難民化してしまった。
 チェーホフは本作で、いろんな人をとにかくくさすんですけれども、その教養ゆたかな嫌味の数々に、そこはかとないユーモアが含まれていて、読んでいて楽しいんです。
 主人公は、寄付をして支援している難民のことについて、ほとんど知らないんだということに思い至り「現におれは奴らを知りもせず、理解もせず、一度だって見たこともなく、愛してもいないじゃないか」というような疑問も抱く。妻が「陰謀を企ら」んでいるとまで考えはじめて「おれは旅に出なけりゃならん!」と言ったりする。ところがどうも人当たりは良いんですよ。
 あらゆることに批判的になっていて、妻にも支援対象者にも、ずいぶん辛辣な文句をつぶやきながら、えんえん善行を志す主人公というのが、おもしろかったです。
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   百姓の笑顔を眺め、大きな手袋をした男の子を眺め、農舎を眺め、自分の妻のことを思い出しながら、今やっと私は、この人に打ち勝つようなそんな困窮はないことをさとるのだった。空気の中にもう勝利の気が漂っているような気がし、私は誇らしい気持になって、私も彼らの仲間だぞと叫ぼうとした。しかし……(略)……
 私は私の想念とともに一人ぼっちになった。社会事業を成し遂げた何百万の人の群から、人生の手が私を、無用で無能な悪人として弾き出したのだ。私は邪魔者だ、民衆の困窮の一分子だ、私は闘いに負け、弾き出されて、停車場へ急ぐのだ。ここを発ってペテルブルグの、ボリシャーヤ・モルスカーヤ街のホテルに身を隠すため。
…………quomark end - 妻 アントン・チェーホフ
 
 このさきの終盤の展開が、すてきでした。
 

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追記
作中に記載されているイヷンという人名……本文とまったく関係がないんですけど、この「ヷ」に関する記事がおもしろかったです。

薬草取 泉鏡花

 今日は、泉鏡花の「薬草取」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 芥川龍之介が幼いころ、愛読していた泉鏡花の物語を、ちょっと自分も読んでみようと思って、まずはこの本を開いてみました。こんど「龍潭譚」も再読してみようと思います。
 霊薬のごとき薬草のとれる霊山がある。主人公の高坂は、九歳のころに母の病を治したい一心で、薬草をとりにいった。その山で迷子になった。山奥に薬草のはえる美女ヶ原がある。彼の記憶では「山へ入って、かれこれ、何でも生れてから死ぬまでの半分は徜徉さまよって、漸々ようよう其処そこを見た」神秘的な野原があるんです。
 山の美しさに魅せられて画家が足しげく通ううちに、そこで惑ってしまい帰らなくなってしまった、そういう現代の画家の実話のことを思いだしました。調べてみると犬塚勉という画家なんですけれども、自然界に魅せられて、そこにぐうっと入りこんでしまう。その自然界の中で美を追い求めるうちに神隠しに遭う、泉鏡花の描いたものは、そのものすごい引力を物語に昇華しているように思いました。
 物語の構成が美しく、大人になった高坂と、九歳の頃の幼い高坂と、二人の物語が交互に展開するように、二重になって描かれてゆくのがみごとなんです。大人の高坂は、山の中で美しい花売はなうりに出会って、薬草を二人で探しもとめにゆく。幼いころの少年は、牛車の天女に助けられてみちびかれ、薬草を手に入れるんです。泉鏡花の独特ですごいのは、女性の描写が神秘的で美しいことだと思います。
 九つの幼子が体験したことと、それを思いだしつつ青年が体験することが、似通ってきて共鳴しているんです。物語がリフレインして重層化しているのが美しい構成に思いました。つねに新しい物語を描きだす作家もいる中で、同じ題材で繰り返し変奏するように描く作家もいると思います。泉鏡花はこう記します。
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 繰返して語りつつ、やがて一巡した時、花籠は美しく満たされたのである。
 すると籠は、花ながら花の中に埋もれて消えた。quomark end - 薬草取 泉鏡花
 
 この前後、おわりの三頁の描写がみごとでした。
 

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故郷 魯迅

 今日は、魯迅の「故郷」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 魯迅といえば「阿Q正伝」や「狂人日記」が代表作で、こんどまた再読をしてみようと思います。
 都市に出て働いた主人公「わたし」は、子どものころの暮らしかたとは断絶した仕事をしていたはずです。昔のことはほとんど忘れてしまった。それが古里に帰って、三十年前に親しかった閏土じゅんどと再会するんです。「わたしは閏土が来ると聞いて非常に嬉しく思った」と魯迅は記します。
 幼いころの懐かしい記憶が甦る。しかし……閏土はかつてのうるおいある心もちを失っており、生活費を捻出するために貧しい生き方をするよりほかない状態だった。「わたし」はそれをあわれに思って様々なものを与え、彼の苦を慮った。閏土こそが「わたしのあの時の記憶がいなずまの如くよみがえって来て、本当に自分の美しい故郷を見きわめたように覚えた」と言わしめる存在なんです。それが今はもう、「旦那様」と貧民のような関係性になり果ててしまった。閏土と再会し九日後に古里を去るのですが、そこでの閏土との別れのシーンが割愛されているんです。これがかえってもの悲しい。交流にさえ、ならない……。閏土にとって「わたし」は大都市に出て成功した成金のような存在になってしまっている。
 「わたし」はけっして都会で裕福になったわけではない。苦労は絶えないんです。
 魯迅は両者のことをこう捉えています。
「わたし」は辛苦展転・・して生活している。
 そうして閏土は、辛苦麻痺・・して生活しているんです。
 魯迅はまだ道にさえなっていないところを歩みつづけ、展転して生きる人生を選んだ。そのために麻痺した生き方との訣別の意思があって、それが終盤の物語展開に反映されているように思いました。
 

0000 - 故郷 魯迅

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いずこへ 坂口安吾

 今日は、坂口安吾の「いずこへ」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 安吾の幼いころからの愛読書はこうなっています。本文こうです。
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  少年時代からポオやボードレエルや啄木などを文学と同時に落伍者として愛しており、モリエールやヴォルテールやボンマルシェを熱愛したのも人生の底流に不動の岩盤を露呈している虚無に対する熱愛に外ならなかった。quomark end - いずこへ 坂口安吾
 
 戦中戦後の坂口安吾は自分の部屋に食器が1コあることさえ拒否して、家具さえ無いようなアパートで眠ることを良しとし、不健康のきわみで生きていたと思うんですけれども、そうとう長生きした。それはおそらく身体が信じがたく強かったんだと思います。
 あらゆるところを踏破した松尾芭蕉や伊能忠敬くらい、安吾は身体が頑強だったのでは、と思いました。
 無頼の文学というのの内実がなんだかえげつない。汚辱の源氏物語・末摘花みたいになっています。終盤の、以下の記述が印象に残りました。
quomark03 - いずこへ 坂口安吾
 私の女の魂がともかく低俗なものであるのを、私は常に、砂をむ思いのように、噛みつづけ、然し、私自身がそれ以上の何者でも有り得ぬ悲しさを更に虚しく噛みつづけねばならなかった。正義! 正義! 私の魂には正義がなかった。正義とは何だ! 私にも分らん。正義、正義。私は蒲団をかぶって、ひとすじの涙をぬぐう夜もあった。quomark end - いずこへ 坂口安吾
 ここから先の描写がすごかったです……。
 

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嫁入り支度 アントン・チェーホフ

 今日は、アントン・チェーホフの「嫁入り支度」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは、すてきな小説なんです。チェーホフの小説で、これぞ文学だという感じがしたんですけど。……この主人公はさいご、ごく普通の問いを発するだけなんです。その沈黙の表現が印象に残りました。近代ロシア文学にはチェーホフが居る。どうもチェーホフには他にも傑作があまたにあるらしいんです。いつか読んでみたいです。
 

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