細雪(93)谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その93を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 蒔岡家のお見合いをなんどもとりもってくれた井谷さん、その娘がはじめて現れて、雪子たちを歓待するのでした。
quomark03 - 細雪(93)谷崎潤一郎
 三人が東京駅のプラットフォームへ降りた途端に、洋装の小柄な娘がチョコチョコとけ寄って、幸子にからみ着くようにしながら声を掛けた。
「あたくし、光代でございますが、———」
「ああ、井谷さんの、———」quomark end - 細雪(93)谷崎潤一郎

 戦時体制の、裕福な家庭における生活はどういうものだったのか、そのあたりの事情が見えてくる細雪後半の描写でした。「細雪」は大戦末期のころにも執筆されていて、この章は1941年を描いたものですが、1946年ごろに記されたものです。
 井谷さんの娘を記した以下の文章が、なんだか印象にのこりました。
quomark03 - 細雪(93)谷崎潤一郎
 母親が云う通りコマシャクレて貧弱に見える。それが又、物云いだけは可笑おかしいほど井谷に似ていて、早口にぺらぺらとまくし立てる工合は、マセた子供の感じなのであるが、雪子は自分より十も年下の小娘から、「雪子お嬢さん雪子お嬢さん」と呼ばれるのが、くすぐったくもあり……quomark end - 細雪(93)谷崎潤一郎
 
 とくに何も起きない章なんですが、戦時と平時、始まりと終わり、破談と縁談が歪に入り組んでいるはずの状況なのでした。
 

0000 - 細雪(93)谷崎潤一郎

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約20頁 ロード時間/約3秒)
当サイトでは『細雪 中巻一』を通し番号で『細雪 三十』と記載しています。下巻の最終章は通し番号で『細雪 百一』と表記しています。
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
  
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)
 
追記  米国での美容院修業のための渡航で、お土産として良いはずと考えたのが「螺鈿らでん手筥てばこ」だったというのがなんだか乙だなと思いました。

貧乏線に終始して 小川未明

 今日は、小川未明の「貧乏線に終始して」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 近代作家の特徴として、文学で稼ぐことが難しいので、貧しさの労苦について純粋に書く作家が多かった、というのがあるのかと思います。小川未明は生前も没後もよく読まれた児童文学作家だと思うんですが、今回は作家の貧しかったころを振り返る随筆なんです。
 貧すれば鈍すというのか、資本不足の窮状で、家庭をぐらつかせてしまった実相が描きだされていて、物語の中に立ち現れ主人公を襲う窮状は、現実の小川未明とも通底していたんだなと思う作品でした。
 ドストエフスキーの罪と罰では、主人公ラスコーリニコフを苦悶させる、貧しさから生じてくる悪心というのが描かれたと思います。小川未明は、制度を悪用する者への批判を記しています。夭折した子どもたちのことを書き、「その日、その日、この社会には、どれ程、貧困のために、悩み、苦しみつゝある者があるであろうか」という記載が印象に残りました。
 苦を減じたい、と綴る小川未明の随筆でした。
 

0000 - 貧乏線に終始して 小川未明

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約10頁 ロード時間/約5秒)
 

精神のへど 北條民雄

 今日は、北條民雄の「精神のへど」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 『いのちの初夜』を発表した北條民雄は、闘病と苦について描いた作家だと思うんですが、今回は、文学や哲学の批評をした短編です。
 序盤で、横光利一氏による『いのちの初夜』への寸評を引用しています。「作者がもし私であつたら、書かずに胸中に畳み込んでおいたであらう。……最悪の場合の心理は誰にでもあるものだが、それをそのまま飛びついて書くといふことは、科学にならず感傷になる」この横光氏の評に対する反論としてこう記しています。「横光氏よ、最悪の場合の心理のみが死ぬまで続いてゐる人間が存在するといふことを考へたことがありますか? いのちの初夜は私にとつて最悪の場合の心理でなく、実に最良の場合の心理であつた。」
 最悪と最良の区別がつきがたく、善悪の区別がつきがたい。フロオベルによれば狂っているかどうかの区別もつかないし、昼夜の区別さえつかないということがありえる。「ほんとを言ふと、私は近頃だんだん夜と昼との区別がつかなくなつて行くので困つてゐるんだ。ことわつて置くが、これは少しも譬へごとではない。いつたい夜と昼との区別が、諸君につくのか? 誰だつてこの区別をつけることは出来ないのだ。……」
 

0000 - 精神のへど 北條民雄

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約10頁 ロード時間/約5秒)
  
追記 禅問答をしようとしたのか、文学の哲学的な読解を試みたのか、詩意を書こうとしたのか、判別がつかない箇所のある随筆でした。
 

望ましい音楽 信時潔

 今日は、信時潔の「望ましい音楽」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは音楽家の信時潔氏が考える、数頁の音楽批評です。まずはじめに、セロ弾きのパブロ・カザルス氏の思想をこう紹介しています。「彼は言う、自分は単純な人間で何事にも自然をたっとぶと。」「故国の独裁政権に抵抗を続けるのも、それが人性の自然に反くからであると言い、人は皆己れを人類という大木の一枚の葉と思うべきだと語っている」自然を重んじて、音楽をつくる人のことを記した短編でした。「音楽の素朴な生命力の回復を願って」という言葉が印象に残りました。
 

0000 - 望ましい音楽 信時潔

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約10頁 ロード時間/約5秒)
 
追記  万葉集や民話といった古い本の魅力も、自然界の中にある人間の姿を描きだしているところがあるのでは、と思いました。
 

比較科学論 中谷宇吉郎

 今日は、中谷宇吉郎の「比較科学論」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 中谷宇吉郎が百年前の近代科学のありさまを解説しています。警視庁の仕事のような「警視庁型」と、アマゾン川の奥底で大自然を探索をするような果てしのない「アマゾン型」の2種がある、とまず中谷宇吉郎氏は指摘します。よい研究はこの2種が融合したようなものだと書きます。
 警視庁型は、組織的に統率をとって計画的に問題を追いつめることが出来て、委託したりもできる。机上である程度、予定が立てられる。いっぽうでアマゾン型の領域では、結果がまったく出ないことも当然ある。太平洋の深海の泥を調査して、流星がどれほど地球に降り注いだかを研究したりする。
 「ニュートンの発見」から「実際に人工衛星をつくる」までを解説したところが、なんだかかっこいい文章でした。

0000 - 比較科学論 中谷宇吉郎

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約10頁 ロード時間/約5秒)
 
追記  また、哲学という学問と、科学の関係性についても解説していました。現代の科学であっても、おそらく古典哲学の名著から学ぶことはあるのでは、と思いました。戦後の随筆ですので、原爆の研究についての科学的な解説もありました。現代の科学や最新技術やAIについて、自分で調べてみてもさっぱり分からなかったりするんですけど、80年前の科学者のエッセーを読んでみると、科学の発展について、分かりやすいところがあるように思いました。

虚子君へ 夏目漱石

 今日は、夏目漱石の「虚子君へ」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは俳人の高浜虚子にたいして、近代の芝居の問題点について論じている随筆です。
 漱石は、芝居の筋が「のっぺらぼう」だったり「残酷」であると感じてしまうこともあり、どうも楽しめない、と記します。「色彩などははなはだ不調和」で「厭にな」ることが多い。
 いっぽうで美しくて楽しめるところはある。服飾の色彩を楽しめたり「体操術」や、役作りや演技が良いと思うところもある……。
 

0000 - 虚子君へ 夏目漱石

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約10頁 ロード時間/約5秒)
 
追記  夏目漱石は長い間ずっと先生をしていたので、小説でも随筆でも手紙でも、なにか先生の要素というのが色濃いように思います。近代でも現代でも漱石が読まれる主因のひとつに、この「先生の言っていることを聞いてみたい」という要素があるのでは、と思いました。学校や大学を卒業すると、もう先生というのは見当たらないところで、漱石がそこに居るのでよく読まれた、という構造があるのでは、と思いました。