論語物語(15) 下村湖人

 今日は、下村湖人の「論語物語」その15を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 詩とはどういうものかを、孔子が論じているのがおもしろく「人間に人生を見る眼を与えてくれる。人と共に生きるこころを養ってくれる」これが詩だというんです。さらに「また怨み心を美しく表現する技術さえ教えてくれる」とも孔子は言います。
 それから学問にかんして「聞きたがる心というものは、その人の軽薄さを示すだけで、別に大した効能はない」と述べていて、これもなんだかずいぶん高度なことを言うなあと思いました。ふつう、ちゃんと調べるとか聞く耳を持つというのは重大なことだと思うんですけれども、そういえば本物の哲学者は、検索をして答えを調べるということさえせず、時間をかけて考える、らしいです。ぼくは検索をし続けるのが好きなんですけど。
 

0000 - 論語物語(15) 下村湖人

装画をクリックするか、ここから全文を読んでください。 (使い方はこちら)
(総ページ数/約10頁 ロード時間/約10秒)
★『論語物語』をはじめから最後まですべて読む(※大容量で重いです)
『論語』はこちら(※論語の原文に近い日本語訳です)

論語物語(14) 下村湖人

 今日は、下村湖人の「論語物語」その14を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 今回は仲弓という人物が登場します。孔子は弟子にたいして厳しいのですが、仲弓に対しては妙に褒めつづけるんです。いったいどういうことか、と本人も謎を感じている。孔子が仲弓を誉めそやすので、弟子たちは強い嫉妬心を抱いて陰口が増してゆき、いざこざが起きます。怨みや嫉妬が生じるのは「何といっても自分を愛し過ぎることにある」という指摘があってたしかにその通りだと思うんですけど、これが「悪の根源」なんだと、孔子が考えるのにはギョッとしました。
 老子は「曲なれば則ち全し」と「曲がりくねった木は使い道が無いのでかえって人生をまっとうできる」という話しをしているんですけれども、これがなんだか、孔子の話を読んでいると妙に思いうかぶんです。孔子は三十五歳くらいの頃に老子と深く関わっていて、老子の教えを受けていた部分があるんです。今回も、むつかしい話しでした。
 

0000 - 論語物語(14) 下村湖人

装画をクリックするか、ここから全文を読んでください。 (使い方はこちら)
(総ページ数/約10頁 ロード時間/約10秒)
★『論語物語』をはじめから最後まですべて読む(※大容量で重いです)
『論語』はこちら(※論語の原文に近い日本語訳です)

論語物語(13) 下村湖人

 今日は、下村湖人の「論語物語」その13を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 食も物も不足していた時代であるはずの、二千五百年前に音楽をやるというのは、今の時代とだいぶちがうのではないかと、思うんです。宇宙に行くくらいむつかしいのか、聖堂のパイプオルガンを演奏するくらいは難しいことだろうなと、いろいろこう、自分なりに設定してみて、物語を読んでみました。厳かな音楽を演奏する楽長の話なんです。本文とまったく関係無いんですけど、けっこう新しい映画館にテネットを見にいったら、音響がすこぶる良くて、久しぶりに音楽を堪能したんです……。
 ちょっとなんだか今回の論語物語は、宮沢賢治の『セロ弾きのゴーシュ』でも思いだしながら、下村湖人がこの話を作ったのではないかと空想しました。
 

0000 - 論語物語(13) 下村湖人

装画をクリックするか、ここから全文を読んでください。 (使い方はこちら)
(総ページ数/約10頁 ロード時間/約10秒)
★『論語物語』をはじめから最後まですべて読む(※大容量で重いです)
『論語』はこちら(※論語の原文に近い日本語訳です)

論語物語(12) 下村湖人

 今日は、下村湖人の「論語物語」その12を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 今回は「考」のことが論じられていました。wikipediaの『考』の頁が参考になりました。
 魯の権力者の三桓と呼ばれている男たちの悪行から話しが始まるんですが「専横のかぎりをつくして、国民怨嗟の的になっていた」のがこの三桓であると書いています。孔子はどうやってこのヤバイ権力者とつき合うのか、のちのちはこの権力者たちのもとで働くことを辞めた孔子なんですけど、可能であるなら力をそぐ必要がある。このような相手にこそ、非礼にならないように注意深くなっている……。
 考に基づいた慰霊祭に、孔子が関わってゆくわけですが、今回の家廟の祭に関して、良いはずのこともやりすぎたらダメなんだという孔子の話は、ぼくにはなんだか納得のゆくところがありました。美術や学究はとことんやり尽くさないと、はなしにならないと思うんですけど……。
 

0000 - 論語物語(12) 下村湖人

装画をクリックするか、ここから全文を読んでください。 (使い方はこちら)
(総ページ数/約10頁 ロード時間/約10秒)
★『論語物語』をはじめから最後まですべて読む(※大容量で重いです)
『論語』はこちら(※論語の原文に近い日本語訳です)

論語物語(11) 下村湖人

 今日は、下村湖人の「論語物語」その11を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 今回は孔子が、仕えるべきでは無い権力者に対して、いったいどのようにして依頼を断るのか、ということを描きだしていました。敵対するつもりは無いけど、なにがあっても関係を断るつもりの相手に、どうすれば正しく対応できるのかという話しでした。難しい状況では、丁寧さが重要になることが多いのだ、と思いました。
 

0000 - 論語物語(11) 下村湖人

装画をクリックするか、ここから全文を読んでください。 (使い方はこちら)
(総ページ数/約10頁 ロード時間/約10秒)
★『論語物語』をはじめから最後まですべて読む(※大容量で重いです)
『論語』はこちら(※論語の原文に近い日本語訳です)

論語物語(10) 下村湖人

 今日は、下村湖人の「論語物語」その10を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 大廟の祭典という「最も重要な祭典」の指導者に、ついに孔子が推薦されたんです。孔子はその祭典の現場にゆくとなぜか、儀式のこまかな進行について、ほとんど誰でも知っているようなことをひとつひとつ質問し続けたんです。そのために周りに居た人びとはちょっと呆れてしまった。一番弟子の子路は孔子にたいしてもうちょっと威厳のある立振舞をしてほしいと苦言を呈しました。このとき、孔子はこういうように述べています。
quomark03 - 論語物語(10) 下村湖人
 礼は敬しみに始まって、調和に終らなければならない。然るに、今日私が皆さんにお訊ねした結果、皆さんのお気持を害したとすると、私のどこかに、礼に叶わないところがあったのかも知れない。quomark end - 論語物語(10) 下村湖人
 
 それから、今回は論語の重要な方針が記されていて『子曰く、学んで思わずば則ちくらし。思うて学ばずば則ちあやうし』ということについて論じられていました。下村湖人はこういう現代語で書いています。 
quomark03 - 論語物語(10) 下村湖人
 学問に大切なことは、学ぶことと考えることだ。学んだだけで考えないと、道理の中心が掴めない。だからいつも行き当りばったりだ。(略)むろん考えただけで学ばないのもいけない。自分の主観だけに捉われて、先人の教えを無視するのは、丁度一本橋を渡るように危いことだ。quomark end - 論語物語(10) 下村湖人
 
 孔子は「自分を誇示したい念が急なために生じた」思い、というのを問題視しているんです。それはまさに「生命の真の願いを自ら暗ますものだ。そしてそれが人間をして無知ならしめる最大の原因だ」と孔子は述べているんです。孔子にとってとても重要な弟子である子路でさえ、そういう間違った思いを抱くことがある、それを孔子が戒めていました。
 論語は、子供のために現代語に要約された児童書も多いんです。下村湖人は誰にでも読めるやさしい日本語で書いているんですけど、とくにこの箇所に対する細心の注意を払って物語を構成しているように、思いました。(そのためにちょっと野暮ったい内容になっているところがあると思うんです)
 

0000 - 論語物語(10) 下村湖人

装画をクリックするか、ここから全文を読んでください。 (使い方はこちら)
(総ページ数/約10頁 ロード時間/約10秒)
★『論語物語』をはじめから最後まですべて読む(※大容量で重いです)
『論語』はこちら(※論語の原文に近い日本語訳です)