細雪(30) 谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その30を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 「細雪」の上巻では、雪子の縁談と四姉妹がどのように暮らしていたのか、というのを追ってゆく物語でした。雪子の縁談が行き詰まって、幸子が病気で流産になってしまった、という展開がありました。ドイツ人の一家との交流であったり、長女の鶴子が実家を引き払うという大きな引越が記されていました。細雪は、まだ空襲のなかった京都や大阪の美しい家並みや情景が描かれていて、当時の人情と家々の栄枯盛衰が描かれています。
 姉の幸子のところに、英国紳士のような服をきた奥畑という三十代の男がやってきます。昔は純真な少年だった奥畑はしかし、どうもほかに女が居るらしく、幸子は奥畑を疑問視しているところなのでした。こいさん(妙子)と奥畑は「真面目な恋愛」をしているはずなんですが、浮気をしているとなるとハナシはまったく違う。雪子にもこいさん(妙子)にも、この男を縁づかせるわけにもゆかない。ただ、証拠は無くてただの噂だけなので、姉の幸子としては「お茶屋遊びだけは止めなさい」というように忠告しようとしているところなんです。
 喫茶店の女給とも仲が良いらしく、奥畑はなんだか男女関係があやしいんです。奥畑は、こいさんのことで相談をしに来たのでした。
 こいさん(妙子)が今まで順調だった仕事の人形作りを放りだして、洋裁を学ぶほうが好きになってしまって、フランスにも留学して、それで仕事をもっとちゃんと拡充してゆきたいというのでした。奥畑としては、幸子が趣味と芸術の創作として人形作りをするのはもっとやってほしいけど、仕事まるだしの洋裁は止めてほしい、ということを、姉の幸子にお願いしに来たのでした。
 この「細雪」は戦後すぐに、アメリカやフランスでも出版されて高い評価を得て、日本文化と日本文学の代表的な存在となった小説で、空襲と飢餓が史上もっとも厳しかった時代に書かれたとは思えない静謐な物語になっているのが特徴に思います。フランスに留学して、西洋の人形作りや服飾を学んでゆきたい……とこれが1960年に書かれたのなら普通のことかもしれないんですが、これが書かれたのが1945年ごろで、その頃のフランスとドイツは戦争で大きな被害が出ている状態なので、平然とこう書くことのすごさ、というのを感じました。
  

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当サイトでは『細雪 中巻一』を通し番号で『細雪 三十』と記載しています。『中巻三十五』は通し番号で『六十四』と表記しています。
 
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
  
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)
 
追記  細雪上巻のはじまりのあたりは戦中の日本で発表できたんですが、上巻の終盤は日帝軍部の検閲によって、出版差し止めとなって、中巻は戦争が終わる寸前には完成していたのに出版できず、敗戦後の二年たってやっと中巻を出せた、という出版の経緯があるのでした。
 

ガリバー旅行記(4) ジョナサン・スイフト

 今日は、ジョナサン・スイフトの「ガリバー旅行記」その4を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 ガリバー旅行記はこの第四部で完結します。これまでの3回とまったく同じ展開で、またもガリバーは航海に出て、海で襲われてから、未知の島に辿りつくのでした。
 ところが今回は、妙な動物が現れて、これが異様な知力を持っているのでした……。ここからはネタバレなので、近日中に読み終えるかたは本文を先に読み終えてください。
 高い知力を持つ馬がガリバーの目の前に現れます。靴のことがとても気になるフウイヌムという馬たちなんですが、彼らは高度な文明社会をつくりだしているのでした。沼正三の奇書を連想させるような、馬が世界のあるじで世の王になっている世界なのでした。
 ちょっと人々の馬にたいする考え、というのをいくつか思いだしたんです。夏目漱石は、若き芥川龍之介に対して手紙でこう書いています。
quomark03 - ガリバー旅行記(4) ジョナサン・スイフト
  牛になる事はどうしても必要です。吾々はとかく馬になりたがるが、牛には中々なり切れないです。(略)牛は超然として押して行くのです。何を押すかと聞くなら申します。人間を押すのです。quomark end - ガリバー旅行記(4) ジョナサン・スイフト
 
 あと画家のボナールが「木馬に跨がるのは良いとしても、それを天馬だなとど思ってはならない」と述べています。それから名画ではナポレオンの愛馬である「マレンゴ」が有名なのかなと思います。近代文学だと馬車が貴族だけの乗物となっていて、馬というのが現代で言うところのプライベートジェット機のような存在でもあったんだと思います。ジョナサン・スイフトが、どのようにこの馬のことを考えているのか、というのを知りたくなって、興味深く読めました。
 きわめて知力の高い動物とガリバーは、人間たちの世界のことを話し合うのでした。そうすると、自分のことや人類のことが、危険で危うい生きかたをしていることが見えてくるのでした。このあたりは、戦後しばらくしてから沼正三が描いた奇書とそっくりなんです。第四部は実験的な物語になっているので、これだけを読むのはどうも面白くないように、思います。
 これを翻訳した原民喜は、あとがきに多くの思いを記していました。原民喜は戦争体験の病苦と悩みのために没してしまうのですがさいごのところで、ジョナサン・スイフトが終盤に描いていた、偶然にも通りがかって助けることになった船員たちのもっていた、親切さというのを重んじて文学の創作をしていたのでは、と思いました。
 ガリバーは最終的にどうするのか、というのが謎なんですが、意外なことを希望するんです。もう、自分の国に帰りたく無いし、人間嫌いになってしまって一人で生きてみたいと、無人島の漂流者みたいに生きようとするのでした。水木しげる大先生が戦後に望んだ、南の島に移住して生きるのだ、ということをガリバーは望むのでした。
 ただ、偶然にも、他の人びとがガリバーをふつうに扱ってくれて親切にしてもらえたので、ちょっとずつ人間社会に戻れるようになる、というのがジョナサン・スイフトの描く児童文学の、すてきなところでした。
 

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ガリバー旅行記(3) ジョナサン・スイフト

 今日は、ジョナサン・スイフトの「ガリバー旅行記」その3を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 前回は、小人の国や、巨人の国に迷い込んだガリバーだったのですが、今回は海賊に襲われて海を漂流してから、奇妙な島にたどりつくんです。「飛島」という、なんだか地動説で描かれた世界地図の絵画のような、巨大な島を目の当たりにするんです。深海魚の眼が奇妙になっているように「飛ぶ島」の生きものも、奇妙な姿をしているのでした。なんだか天国と地獄が一体化したような見かけにおどろく物語になっていました。
 深海の生物がすごい生態系になっているように、この国の生態系もまったく異質で、未知の文化を形成しているのでした。都市の構成としては、ふつうの文明では平面的に広がる世界だと思うんですが、この「飛ぶ島」では上下に移動する立体の都市なのでした。国王や貴族や「先生」が現れて、ガリバーにさまざまなことを教えてくれます。「飛ぶ島」ぜんたいは宇宙船のように、地球のいろんなところへ移動できる……動く半月の球、のようなものになっていて、あきらかに18世紀や現代の文明を超越しています。
 ダンテ『神曲』天堂篇のはじまりのところでは、こういう中空に浮く世界が美しく描かれていたわけですので、このあたりの古典文学が今回の『飛島』と似ているように思います。幾つかの資料を調べてみると、おそらくダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソー』と三部構成のダンテ『神曲』を合体させたら、この物語に近いものになるように、思いました。
 いっけん高度な文明が発達したようにみえる巨大宇宙船のごとき「飛島」なんですが、人々の暮らしぶりはそうとう無理のあるものになっていて、家もデコボコで、神話で言うところの『バベルの塔』の下層で生きるような暮らしになっているのでした。さらに太陽に近づきすぎたために熱線への恐れを抱いていたりして、三百年後の現代におけるオゾン層の崩壊によって太陽光に耐えられなくなる問題、について悩んでいる。まったくバベルの塔の滅びに似た問題を抱えているのでした。
 作中では、数学と音楽には秀でていて「飛島」をつくることに成功したのに、現実にはひどい国と暮らしになってしまっている、という悩みが描かれていました。都市生活をおくる現代人にもうまく響いてくる、寓意のみごとな物語に思いました。
 この「飛島」は磁力の仕組みで中空に浮かんでいるんです。王ののぞみは、数学を発展させることにしか興味がないようなんです。王は眼下にある国々から税金をしぼり取っていて、逆らう国には、上からおおいかぶさるようにして暗闇で包んでしまうのでした。「王の命令に従わないと、最後の手段を取ります。それは、この島を彼等の頭の上に落してしまうのです。」と書いていました。そうすると下の国はぜんぶ潰れてしまうわけですが「飛島」の円盤の部分もちょっと壊れて、揺らいでしまうので、この最終手段はほぼ使われていないというのでした。大国の悪行……十八世紀イギリス帝国主義への批判というように思えました。
「この国では、王も人民も、数学と音楽のことのほかは、何一つ知ろうとしない」ので話しも通じず、ガリバーはもうこの飛島に居るのがイヤになって、下にある国に、鎖をつたって降ろしてもらうことにしました。下にある国の「バルニバービ」では奇妙なことが起きていました。自然は豊かなのに、貧しさがはびこっているのでした。その理由は「飛島」の高度な数学に魅せられた人々がこの国にもあまたに居て、仕事をせずに研究だけに夢中になっていて、未来の壮大な計画だけを作りつづけて、だれも働かなくなってしまったのでした。のちのちは豊かな楽園になるはずの「計画」はあまたにあるんですが、現実には誰もちゃんと仕事が出来なくなっているんです。
 これも現代イギリスや先進国で見られる文化的な若者たちに共通する悩みが描かれているように、感じました。「計画」だけが進歩しつづけて、現実には仕事がちっとも出来なくなってしまう。これが「飛島」の数学研究の発展しつくした世界なのでした。AIにほとんど全ての仕事を任せたあとの、人類の世界のようにも思えました。本文こうです。
quomark03 - ガリバー旅行記(3) ジョナサン・スイフト
  残念なのは、これらの計画が、まだどれも、ほんとに出来上ってはいないことです。だから、それが出来上るまでは、国中が荒れ放題になり、家は破れ、人民は不自由をつづけます。quomark end - ガリバー旅行記(3) ジョナサン・スイフト
 
 中盤で記される、おかしな発明家たちの研究心というのがすごくって、天才なのかバカなのか分からないようすが描きだされるのでした。ふつう家は土台からつくって最後に屋根を作るもんだと思うんですが、それとまったく逆に、ハチの巣のつくりかたと同じ方法で、上から下にむけて建物を作る計画を練っている男とか、蜘蛛を研究して新しい布を作る研究者とか、なんだか迫力のある人間が次々に現れるのでした。
 300年も前に、あらゆる学問の書を書ける人工知能の機械を作ろうと研究している学者が登場していて、すごい本だなと思いました。現代AIの元祖の機械についていちばんはじめに書いたのは、ジョナサンスイフトのこの本なのかも、とか思いました。
 今回の中盤の箇所は、不思議なことがいっぱい書いてあって、300年前の本とは思えない魅力を感じる児童文学に思いました。藤子F不二雄の「暗記パン」の原典は、ガリバー旅行記第三部の中盤に「暗記せんべい」として描かれているのでした。平和な世界の子どもたちに、ジョナサンスウィフトはこういう物語を届けたかったのか、と思う冒険譚でした。「飛ぶ島ラピュタ」の正体はじつはイギリスのグレートブリテン島に『バベルの塔』をくっつけたもののことなのでは、と思いました。話しのはしばしが知的好奇心を生み出すもので、アイルランドやロンドン文化のかっこよさを感じさせる物語でした。
 

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『一人の教授の意見では、悪徳や愚行に税金をかけるがいい、というのでした。ところが、もう一人の教授の意見では、人がその自惚れている長所に税金をかけたらいい、というのです。』とか、イギリスの政治や進化を夢想させる記載があまたにあって、こういうところにも魅力を感じました。
 中盤からガリバーは、魔法使いと幽霊の島というところを訪れ、それから日本経由でイギリスに帰ろうとしてバルニバービの「宮廷」の王を訪れて、ここで不気味な慣習を目の当たりにするのでした。このあたりの権力者のつくっている隠謀のしくみと、その稚拙さというのが描きだされるんですが、なんだかユーモラスでもあるんです。ふしぎな表現でした。
 後半の「死なない人間」と呼ばれる人々がじっさいにはどうやって生きるのか、ということを記していて、これは老いつづけて死ににくい人間という意味で、二百歳を越えたころにはもはや記憶も言葉もまったく失っていて意思疎通もできない、謎めいた人間になってしまうというのでした。なんとも哀れで壮大な生のことが描かれるのでした。
 ガリバーは第三部の終盤で、日本を経由してヨーロッパへと向かうのでした。いきなり日本の長崎の出島のことが描かれていてちょっと驚きました。当時の「踏み絵」のことも書かれていました。
 ガリバーはぶじ、三度目の冒険を終えて家族と再会するのでした。ガリバー旅行記は次回の第四部で、完結です。
 

ガリバー旅行記(2) ジョナサン・スイフト

 今日は、ジョナサン・スイフトの「ガリバー旅行記」その2を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 前回は、小人たちの国に迷い込んだガリバーだったんですが、こんどは巨人たちの住む国にたどりついたガリバーなのでした。
 巨人たちは穏やかな人々で、悪意が無いのに、大きさの違いがありすぎて不都合が生じているんです。
 小ネコと人間のちがいよりももっと落差があるんです。羽虫と人間くらい大きさの感じがちがうので、人間の世界の財布とか金貨とか、そういうものがまったく見分けられないんです。アリならなにをしているのか眼で確認できますけど、それより小さい生き物はもう、生き物なのかなんなのかさえ眼で見分けられないわけで、その奇妙な関係性が描かれてゆきます。
 大声で話しかけてみても、言葉が聞きとれない。巨人の言葉は轟音なので聞くことさえどうもむずかしい。
 うまく関われない二者というのが描きだされます。このあたりの細部の描写がリアルで、読んでいて魅了される箇所でした。
 けんめいに理性的な生きものであることをアピールして、巨人もたいせつに扱ってくれるようになります。「私」はある巨人の家の食卓に連れてゆかれます。幼子にちょっとイタズラをされるんですが、サイズがちがいすぎるので、やばいことになってしまう。巨人と人間の紳士的な交流も描かれます。
 映画でも小説でも、ここまでサイズがちがうと敵対するのがふつうだと思うんですが、ジョナサンスウィフトの小説ではもっと牧歌的で柔らかい表現になっていました。
 これは原民喜が、原爆症に苦しむ人々を間近に見ているころに翻訳したもので、今回の巨人の国で、虫のように扱われてしまう主人公の、痛みの表現の箇所に、原民喜の当時の時代性がにじみ出しているように思いました。
 自分の身長の何十倍もある猫の描写とか、迫力のある場面でした。美しい乳飲み子の情景でさえ、サイズがちがいすぎるともはや山が動くくらいの存在感で、恐怖を感じる場面になってしまう。
 はじめは言葉も聞こえないくらい不都合があったんですが、慣れてくると、ちょっとした言葉もわかるようになって、意思疎通が出来るようになります。この家の娘さんが賢くて親切で、おかげで死なずに済んだことを記すんです。いろいろあって、サーカスに売られてしまったり、巨人たちの国王のもとに呼び出されたりします。
 「私」と親切な娘さんは、ローブラルグラットの国都の王妃のところに辿りつき、この庇護を受けるのでした。
 疑い深い巨人の国王は、学者を集めたりして、ちいさな「私」のことを研究していろいろ論じあいます。被検体の「私」が学者の勘違いをただすところが、なんだか不思議な倒錯を感じさせておもしろいところでした。
 王や王妃の計らいで、自分の部屋も作ってもらうことが出来たのでした。
 王との知的な対話があるんですが、そこで祖国の文化と巨人の文化の違いに「私」は、たいへん惑ってしまう。
 「私」と巨大蝿の格闘は、巨人の眼からはあまりにも小さすぎてちっとも見えなかったりします。文化や世界観がまるっきりちがうところに放り込まれた、という体験がみごとに描きだされていました。幻想郷のような巨人の国を旅する場面が印象に残りました。王妃は、小さい「私」のための舟を大工につくらせるのでした。箱庭のプールで舟をこぐ「私」。
 ここを映像化したらトラウマになるくらい奇妙なのでは、というような、宮廷で飼われている猿と、小さな「私」との対決の場面がありました。悪意が無いのにあまりにも大きすぎる猿との、対面……。
 大きすぎるのに悪意が無い、というのは予想もつかないことが起きてしまうわけで、この場面はちょっとほんとにすごかったです。
 陛下の考えと、「私」の考えはまったくちがうんです。王はガリバーのことを「虫」と呼んだりして、あなどっているところがあるんですよ。ガリバーは祖国の英国のことを誇りに思っていて、自分たちは虫なんかじゃないし、王は勘違いをしているのだと考える。この二者が論じ合うのが興味深かったです。
 おもしろいのが「私」の帝国主義的な軍事武装論について、巨人の王は、倫理をもって諭すんです。ふつうなら、主人公の「私」が倫理的で、王は悪いことを考えるというようなことを書きそうなもんですが、まったく逆なんです。王は「私」にこう告げるのでした。本文こうです。
quomark03 - ガリバー旅行記(2) ジョナサン・スイフト
「お前はその人殺し機械をさも自慢げに話すが、そんな機械の発明こそは、人類の敵か、悪魔の仲間のやることにちがいない。そんな、けがらわしい奴の秘密は、たとえこの王国の半分をなくしても、余は知りたくないのだ。だから、お前も、もし生命が惜しければ、二度ともうそんなことを申すな。」quomark end - ガリバー旅行記(2) ジョナサン・スイフト
  
 原爆の被害を受けた作家が、戦後すぐにジョナサン・スウィフトのこういう言葉を翻訳して本にして子どもたちに届けていたのだ、というのが驚きでした。手塚治虫青年も、当時たぶんこういう原民喜の仕事を、まのあたりにしていたんだろうと、思いました。手塚治虫は、この本に記された「虫」という言葉から深い影響を受けていたのでは、とさえ思いました……。
 海辺にとつぜんやってきた鷲が「私」と住み家の「箱」とを、偶然にも巨人の国からさらっていって、この箱が海に落下し、通りがかった人間たちの船に救出されて、主人公は元の世界にもどることが出来たのでした。狂騒の世界から、元の世界に戻ってしばらくの間は、ずいぶん奇妙なことを考えるようになってしまった、世界が変わりすぎて、なんでもないところでもおっかなびっくりな事になってしまう「私」のあわれでおかしな様子が描かれるのでした。次回につづきます。
 

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細雪(29) 谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その29を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 この物語の主人公は、谷崎作品の中でもとくべつに上品だと思っていたんですが、雪子には欲望がほとんど無いというか、事件性のあるような愛欲の気配がまったくしないんです。虚無的とかニヒルというのともまったくちがっていて、雪子は人から求められればしっかり応じて行動し、発言しているところがあるように思います。
 戦時中に小説を書くのは発禁や禁固刑になる可能性が高いわけで危ないことで、そうなるとおそらく、いちばん重要な問題と人間性が描写されてゆくはずだと思うんです。
 雪子は控えめだというように思っていたんですが、雪子は他人に依存しようという感覚がほとんどなくて他人に求めるところが少なく、心的に独立しおえているのでは、というように思いました。
 いっぽうで新郎候補のはずだった野村氏は、事情がいろいろあるんですけど、とにかく性急に雪子を自分の世界に引っ張り込もうとやっきになっていて、これはまずいなというように思えました……。けっきょく縁談は打ち切りで終わりました。
 ひとつ困ったことが起きると、それが起因となってさらに困ることが増えてしまう、というような気まずい展開のように思いました。これは野村一家や蒔岡4姉妹だけに限らず、この1941年からの5年間の日本でおもだって起きたことのように思いました。
 これでいったん第一巻(上巻)が終わりまして、すぐに第二巻(中巻)がはじまります。いったん谷崎作品の更新を休止しますが、1年後か半年後に引きつづき、『細雪』を読みすすめてゆこうと思います。
  

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「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。

■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)

 

細雪(28) 谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その28を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 今回の見合いは、最初から不成立の展開になるはずということを、幸子も雪子も認識しつつ、家族の交流を深めるにはこれを中断できないので、奇妙なお見合いがとりおこなわれるんです。新郎の候補というよりも、もう老翁という人が現れるんです。雪子と並ぶと夫婦というよりも父子みたいに見えてしまう。これはもうお互いに無理な展開だとなんとなく分かっている。お互いに不幸を押しつけあいたいというような両家族なのではなく、どちらも良い未来というのを作ってゆきたい、どちらの家族が悪いのかも分からない。
 この細雪は、女性だけが主人公の物語だと思うんですが、今回は、大人の対応をしつづけようと苦慮する貞之助が印象にのこりました。幸子は流産したばかりで、青い顔をしてしまっています。
 この小説は1945年ごろに1941年のことを描いた作品で、若い男が徴兵によって都市から消えてしまったころの作品なんです。それで新郎候補が、新郎のように見えない、という描写に、当時の日本が見ていた世界が映し出されているように思いました。戦時中に文化的な暮らしをすることの難しさが、目に見えて描かれているんだと思いました。
 

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「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。

■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)

追記  これはもう失敗だと分かっているものごとにたいして丁寧に対応しつづける幸子夫婦の物語を読んでいて、現代の成功している人たちもたぶん、幸子夫婦のように不味い場面を何度も通りぬけて成功に至っているんだろうと思いました。架空の小説を読んでいるだけでも心苦しいのに、実際にこういう場面が現れたら、ぼくだったらまあ確実に欠席すると思いました。
 それから、作中でナチスに関する短い記述があって今回はとくに肯定も否定も無い記載なんですが、谷崎は戦後社会というのを見据えて言葉を書いているのでは、と思いました。