論語物語(21) 下村湖人

 今日は、下村湖人の「論語物語」その21を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 論語物語は第28回で完結します。この本もいよいよ後半に差しかかっているのですが、下村湖人による「君子と小人」の物語は、どこかドラえもんののび太の失敗のような仕組みをしていて、読んでいるうちにこの展開が理解しやすくなってきました。こんかい小さな国の王である葉公しょうこうが、孔子との関わりの中で大きなミスをするんですけれども、読んでいるとこれは納得のゆく失敗で、立場上このような過ちを避けることはむずかしいように思いました。葉公は王だから、威厳を保つために努力しなければならない。その努力が悪いほうへ悪いほうへと向かってしまう。どうしてそのような悪循環が起きるのか、読者としても謎に思うんです。孔子はこの問題を考えて論じています。権力者として相手に勝たないと道が断たれる、という思い込みが悪循環を生むようなんです……くわしくは本文をご覧ください。
 

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論語物語(20) 下村湖人

 今日は、下村湖人の「論語物語」その20を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 自分のかつて生きていたところに悪行が存在していて、司馬牛は自分の出自について悩み続けている。調子を崩した司馬牛にたいして、孔子と子夏が慮ってこのことについて論じています。孔子の話を読んでいると「過ぎたるは猶及ばざるが如し」というのと「中庸」、この問題が繰り返し現れてきているように思いました。
 

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論語物語(19) 下村湖人

 今日は、下村湖人の「論語物語」その19を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 今回、孔子の一行が濡れ衣の疑いをかけられてしまうんです。孔子たちは「誤認だ」ということを人々に言葉で説明するんですけれども、それが伝わらない。誰が孔子で、誰が悪人陽虎なのか他人には分からない。それで孔子たちは捕らえられて軟禁されてしまった。このような疑いをかけられた原因はちゃんと存在していて、それは孔子の弟子に、かつて陽虎の部下をしていてその悪行の世界から逃げだした顔刻がんこくという男がいて、この顔刻と一緒に居た孔子が「こいつは悪人なのでは」と疑われたわけです。
 おくれて顔渕がんえんがやって来ることになっていた。顔渕というのは孔子がいちばん信用している顔回がんかいのことです。彼は、悪人の仲間だと誤認されて迫害を受ける可能性があった。だが顔渕は慎重に行動していて静かにしており、難を逃れた。ぼくが第二次大戦中の文士に関心を持つようになったのは、この顔回のように、危機が蔓延する世界に対して慎重に立ち振る舞う姿に、感銘を受けるからのように、思います。論語物語を全文読まないけれども、どういうことが書いてあるのか知りたい場合は、今回の章を読んでみることをお勧めします。
 孔子は冤罪で捕らえられた弟子たちに、このように述べます。
quomark03 - 論語物語(19) 下村湖人
 人間というものは、心の底を叩けば、必ず道を求め、徳を慕うているものじゃ。だから徳には決して孤立ということがない。どんなに淋しくても、徳を守りつづけて行くうちには、誰かはきっとこれに感応して手を握ろうとする。匡の人たちも、やはり同じ人間じゃ。現に、陽虎をにくんでも、この孔子を悪んでは居らぬ。心配することはない。ただ天を信じ、己を信じて、正しく生きてさえ行けば、道は自然に開けて来るものじゃ。quomark end - 論語物語(19) 下村湖人
 
 詳しくは本文をご覧ください。
 

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論語物語(18) 下村湖人

 今日は、下村湖人の「論語物語」その18を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 「霊公の無道と、夫人南子の乱倫とに濁らされた」国であるえいを、孔子は一日も早く去りたいと思っていた。しかし、衞には数多の門人がいて、孔子はその弟子たちに詩書礼楽を談じ、政治の理想を論じたかった……。その中でも、衞の軍政を司る王孫賈おうそんかという男は立派な男で、孔子は「霊公の無道にも拘らず、国が亡びないのは、彼の軍政」があるためだと讃めていた。
 この孫賈が、孔子を衞に長くひきとめるために、まずい提案をしようとし、その心理を孔子に見破られて畏れ入る、という話しでした。
 無道の権力者にはけっして媚びを売らない、弟子たちとの別れを惜しみつつそこを去るしかない、という孔子のはっきりとした態度が記されてゆきます。いろんな事を慮ると、去って新しいところへ向かうのが最善だ、ということは、どういう人にも訪れることがあると思います。孫賈は「国境まで孔子を見送って、一語でも多くその教えをうけることにつとめた」という最後の一文が印象に残りました。 
 

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論語物語(17) 下村湖人

 今日は、下村湖人の「論語物語」その17を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 ダンテ・アリギエーリが『神曲 地獄篇・煉獄篇・天堂篇』という偉大な作品を記す少し前に、ダンテは政治の仕事でひどいめにあって、故郷を追放されてしまったんです。
 孔子の人生には故郷を去って、長い放浪の旅に出るシーンがあるんです。元居たところから去ってゆく、というのが文学や哲学の著名なところで印象的に存在しているように思います。wikipediaにはこう書いていました。
quomark03 - 論語物語(17) 下村湖人
 政争に敗れてフィレンツェを追放されたダンテは、北イタリアの各都市を流浪し、政局の転変を画していた。その中で方針の違いから白党の同志とも袂を分かち、「一人一党」を掲げる。この体験はダンテにとって非常に辛いものであり、『神曲』中にも、「他人のパンのいかに苦いかを知るだろう」、と予言の形をとって記されている。ダンテの執筆活動はこの時から本格的に始まり、『神曲』や『饗宴』、『俗語論』、『帝政論』などを著していった。quomark end - 論語物語(17) 下村湖人
 
 孔子の場合は「故郷をあとに、永い漂浪の旅に出たのは、五十六の歳であった」と記されています。そしてまずは「衞」の国を訪れた。下村湖人は、この時の孔子の状況と心情をこう書いています。
quomark03 - 論語物語(17) 下村湖人
 孔子は、待遇よりも自分の政治的信念を実現する機会が得たかったので、一縷の希望をつないで、しずかにその時の到るのを待つことにした。
 こうした場合、彼の心にぴったりするものは、何といっても音楽であった。彼はしばしば詩を吟じ、しつを弾じ、けいを撃った。quomark end - 論語物語(17) 下村湖人
 
 磬という楽器の演奏は、youtubeで聞けて、こういうものなんです。
 ここで奇妙な隠者が現れる。孔子の磬の音色から、かれの心情を考察している。孔子は千年後二千年後の時代にまで深い影響を与えた思想家ですけど、政治家としての孔子は不遇だったようです。この不遇な面が、凡人の自分としては理解しやすいというか、勉強になりやすいところであるように思いました。
 自分が他人から認められないから、孔子は憂うということでは無いわけで、孔子はこう考えます。
quomark03 - 論語物語(17) 下村湖人
 一身を潔くするというだけのことなら、大して難かしいことではない。難かしいのは天下と共に潔くなることじゃquomark end - 論語物語(17) 下村湖人
  

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論語物語(16) 下村湖人

 今日は、下村湖人の「論語物語」その16を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 見知らぬ老翁がやってきて、孔子と話しをしたいという。この老翁は関所役人で、四十年間もずっと番人をしてきた人です。ふつうのお偉いさんなら相手にしないはずのところ、礼を重んじる孔子は、その人と話し込んだ。孔子の考えとしては「人を知らざるをうれう」ということで、知らない人について知ろうとする意志が強い。
 老翁は帰り際に、
「(孔子)先生を魯の国だけに閉じこめて、役人などさして置くのは、勿体ないとは思いませぬかな。」
と孔子の弟子たちに言うんです。賛成派の身内とだけつき合っていては危険だ、とは思うんですけど、じっさいに弟子たちが見落としがちなことを、下村湖人が上手く表現しているように思いました。それから権力者にすり寄る態度をこの論語では批判しているんです。詳しくは本文をご覧ください。

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