死せる魂 ゴーゴリ(4)

 今日は、ニコライ・ゴーゴリの「死せる魂」第4章を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 あらゆる人から「死せる農奴」を買い取ってきた詐欺師チチコフは、こんどはノズドゥリョフという粗雑な地主とめぐりあいます。このノズドゥリョフは酒を飲みまくる、ウソを言いまくる、イカサマ賭博をしつづける、なんでも奪おうとしていろいろ奪われる、暴力をふるっては反撃される、という下品な男で、さすがのチチコフもこれには手こずります。今回だけは無理筋なんです。
 本来ならソバケーヴィッチのところへ行って農奴を買い取る予定だったのですが、ノズドゥリョフに言いくるめられて、彼の家を訪問することになってしまった。ノズドゥリョフは無茶苦茶な男なので、ただの脇役かと思ったんですが、本文にゴーゴリはこう記します。「ここでノズドゥリョフの一身上について若干お話しておこうと思う。というのは、この男は、おそらくこの叙事詩に於いて、決して端役はやくしかつとめない人物ではなさそうだからである。」これは物語詩でも英雄譚でもなく、叙事詩では無いはずなんですが、ゴーゴリはこれをダンテ「神曲」に匹敵するような叙事詩なんだと言いはるんです。作者のゴーゴリも、作中人物チチコフやノズドゥリョフのインチキぶりに引っぱられて、奇妙なことを書いています。
 ノズドゥリョフはとにかくギャンブル狂なんです。
 今回ついに、詐欺師チチコフが死せる農奴をなぜ買うのか、という問題の真相がちょっと明らかになってくるんです。ちょっとネタバレを避けたい人は、ここから先は読まずに本文だけを読んでもらいたいのですが……ようするに結婚式に現れる偽親族みたいな存在として「死せる農奴」を所有したいと言うことのようなんです。箔をつけるための数あわせです。読んでいて、ちょっとビックリしてしまって、チチコフはじつはオレじゃないか……とか思いましたよ。自分の場合は学歴と知力が足りないので、大人になってからネット上でみょうに名作ばかり読むことになってしまったとか、そういう感じで、箔をつけるために重大なものに気安く手を出してしまって、モンテーニュに言わせればたぶん「立派な仕事をしたつもりが、名作を横流しするのみで、紙代としての価値しか無く、翻案も稚拙で原本を台無しにしてしまっており、かえって愚かさが露呈してしまう」というような現象……。恐怖の頭取と懇意になるために妙に本棚を揃えて家に招きいれて娘さんとの結婚を許してもらうとか、そういう感じの理由で、チチコフは死んだ農奴の鬼籍を買い集めているようなんです。チチコフはこの四章中盤でほんとうのことを言っているのか、それともまだウソを言っているのかは謎なんです。
 しかし「生きる糧を作りつづけた……死せる農奴の魂」と「生きる指針を与えてくれるはずの……未読の名作」というのは、ずいぶん似ているわけで、急に読者は詐欺師チチコフと同じ状態で生きている可能性がでてくる……これに驚きました。
 ゴーゴリは物語の展開が冗長で、繰り返しが多く、文体も一般的で、現代映画や最新小説と比べると、トロい作風だと思うんですが、中盤から後半にかけての中身の凄さというのに圧倒されるところがあるんです。急に隕石が落ちてきたくらいの衝撃があります。
 この四章前半では、一生ずっとギャンブルに狂っている男の姿が描かれてこれが過激でおもしろいんですが、これって現実のドストエフスキーもそうとうなギャンブル狂いだったわけで、ロシアの2人の作家の共通項が見えたように思いました。
 ゴーゴリってどういう作品を書いたの? というのを知りたい方は、今回の第四章だけを読んでみるのもお勧めします。
 鬼籍の農奴をあまたに買い取ってきたチチコフも、今回だけはさすがに買い取れず、ノズドゥリョフのでたらめな賭博詐欺をまのあたりにしていさかいとなり、危うく殴られそうになったところで、ノズドゥリョフを逮捕しに来た警察官の到来で、この現場から逃れ、次の村へと向かうのでした。次回に続きます。
 

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死せる魂 ゴーゴリ(3)

 今日は、ニコライ・ゴーゴリの「死せる魂」第3章を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 主人公のチチコフは詐欺師なんです。これが明記されるのが全体8%あたりの第1章さいごの行です。名作ではよくある、信用の出来ない主人公(道化のような主人公)の目を通して、異化された世界をのぞき見てゆく、という仕組みなんです。前回、亡くなった農奴たちを買い取る、という謎の仕事に成功したチチコフは、次の大地主ソバケーヴィッチのところへ、従者とともに馬車で向かっています。ところが酔っ払いの部下が運転する馬車が横転し、貴族チチコフは泥まみれになってしまいます。
 夜もふけて雨も激しく、野宿することもできない状態で、まったく見知らぬ村に迷い込みます。よく見ると、意外と裕福な農村なんです。そこでチチコフは、大きな屋敷に入り込んで泊めてもらい、翌朝になると、ここでも謎の仕事をしてやろうと思いつきます。
 二〇〇年ほど前のロシアでは、権力をもつ人に対してペコペコしてしまう習性があるらしいです。ほんとうなのか分からないんですけど、ゴーゴリはそう記しています。ただの冗談なのかもしれないんですが。本文こうです。
quomark03 - 死せる魂 ゴーゴリ(3)
 ロシア人の中には、相手が農奴を二百人もっている地主と、三百人もっている地主とでは、話し方をすっかり変え、三百人もっている地主と、五百人もっている地主とでは、又まるで違った話し方をし、五百人もっている地主と、八百人もっている地主とでは、これまた別な話し方をするといった名人がいる。quomark end - 死せる魂 ゴーゴリ(3)
 
 ギリシャ神話の神プロメシュースのごとく振る舞っていた男が、じぶんよりも地位(またはお金)がある人にでくわすと「蠅よりも更に小さい、砂粒ぐらいにちぢこまってしまうのだ」というんです。
 
 ぼくはまだこの物語がどういう転結に至るのか知らずに読んでいる最中なんですけれども、チチコフはとにかく、死んだ農奴を、譲れるだけ譲ってもらって、雇えるだけ雇ってしまいたいと、考えているようです。買えるはずのないものを買うつもりでいる詐欺師なんです。魂を買うつもりなのか、なにをどう盗むつもりなのか。どういう罪を犯すつもりなのか、謎めいているのでした。本文では、死んだ農奴を買うくだりはこう記されています。80人くらいの農奴をかかえる村の女主人がこう言うんです。
「役人がやって来ては、人頭税を払えって言いますだよ。農奴は死んでしまっているのに税金だけは生きているとおりに取りたてるのです」という女地主ナスターシャ・ペトローヴナにたいしてチチコフは死んだ農奴を「十五ルーブリ」で買い取り「納税の義務は残らず私が引き受けるのです。そのうえ、登記も」済ませると言うんです。ところがどうも怪しい取引なので、ペトローヴナおばあさんはどうも気が進まない。
 
 これ……現実にもしこういう人が居たとしたら、どうかんがえてもチチコフと関わるべきではないんですよね。小銭が手に入るとしても、どうしてもなにか、言いようのない疑心というのが生じます。説明できないんだけど、逃げたほうが良い、という状態なんです。詐欺の仕組みは分からなくても、分からないなりに断ったほうが良い、という提案をされるんです。本文では、おばあさんはこう言います。
quomark03 - 死せる魂 ゴーゴリ(3)
 「それがねえ、どうも、まるで聞いたこともないような、おかしな商いだもんでね!」
 ここでチチコフは、すっかり堪忍袋の緒をきらしてしまい、腹立ちまぎれに椅子を床に叩きつけざま、悪魔を引合いに出して老婆を罵った。quomark end - 死せる魂 ゴーゴリ(3)
 
 おばあさんはまっ青な顔をしてしまいます。ひどい状態です。チチコフの本性がこの、第三章の中盤から見えてきます。ついに大ウソを言っておどしてくるんです。「キリスト教徒としての博愛心から、あんたのためを思って言い出した」「とっととくたばってしまうがいい、お前さんの持村も一緒に滅びてしまうがいい」こんな怒りの言葉を吐きます。
 怒っている人にたいして、つい不快でめんどうなので、異常な提案を受け入れてしまうんです。死んだ農奴を売り払うということに同意してしまう。怒っている人の要求というのが通ってしまう。こういう人からはさっさと離れて何も言わないというのが最善策だと思うんですが、相手は押し売り以上に強引なので、悪い話しを聞き入れてしまった。どうして通ってしまったのかというと、大きなお金がどうも動きそうだからです。女主人はちょっとした欲が出てしまったんです。そこをつけ込まれてしまいました。
 チチコフはヤバイ男なんです。その気にさせるのが上手いんです。飴と鞭を使い分けて相手を翻弄してしまう。いろんなものを買い取りますよと言うんです。「買いますとも、ただ、今じゃなく後でね。」「買いますとも、買いますとも。何でも買いますよ」と言うんですが、いっこうに金は払わないわけです。
 安定した儲けの出ていない自分としては、人ごとではない描写に思いました。こんな口のうまい詐欺師に出会ったのは運が悪かったと思うしかないのか、あるいはもっと注意深く相手を疑って生きる必要があるのか、なんだかよく分からない、謎の領域にチチコフが立っているんです。もっと正直にイヤなものはイヤだと言ってあっさり断って、去ってもらえるはずなんですが。チチコフはけっきょく、死せる農奴たちを買い取って、次の町へ向かうのでした。いったいどういう詐欺なんでしょうかこれは。今のところ、ぼくにはよく分からないです。
 

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死せる魂 ゴーゴリ(2)

 今日は、ニコライ・ゴーゴリの「死せる魂」第2章を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 主人公チチコフ(パーウェル・イワーノヴィッチ・チチコフ)は十日ほどかけて新しい土地を旅している。お役人や地主たちにあいさつ回りをしているんです。第二章からは地主で親友のマニーロフや、次章ではソバケーヴィッチを訪ねます。
 
 ウクライナ生まれのロシア人作家ゴーゴリの描いた本「死せる魂」を読んでいるんですけど、今回は、180年前の身分階級制度についての描写がありました。古い時代にしかなかった農奴の制度が描きだされます。現代で起きている超大富豪にだけ富が集積してほんとうに生活費を必要とする人には上手く分配されないのはなぜか、そういう謎のヒントと思えることもいろいろ書いていました。
 身分の低い人は、本を読むにあたっても、なんでも表面的に読んでしまって、分からないことが多く、批判をする機会が得られないで沈黙している……。大衆のほとんどは、お金持ちや身分が上の人の話ばかりを聞きたがる、上の階級の人間ばかりを見てしまう、というような指摘があって、なんだが身につまされるように思いました。
「這いつくばう」者にたいして侮蔑よりもひどい「致命的な黙殺」が生じうることを、作者のゴーゴリは警戒しているのでした。こういう問題を書くときに、ゴーゴリが饒舌でユーモアを失わずに書き継ぐところがなんだが歴史的な作家だと、思いました。
 今回、1841年に完成し翌年1842年に出版されたこの本で、ゴーゴリが描いている問題は、二十年後に生じる1862年の「農奴解放令」と深い関わりがあるんです。ぼくはまだ、この本がどう進展するのか分かっていないんですが、wikipediaの解説にはこう記しています。「アレクサンドル2世の時に農奴解放令が出されたが、その前まで地主は次の国勢調査まで死亡した農奴の人頭税も支払わなければならなかった。彼らは何とかしてその税を逃れる方法を探していた。そこに注目したチチコフは……」というように、主人公のチチコフは、自分の農奴と、亡くなった農奴たちについていろいろ考えている。
ゴーゴリはくりかえし、自分よりもちょっと身分の高い人と関わりを持ちたがる、人々のかっこわるさを書いていて、いくたびもこれを記すんですけど、現代だってやっぱりブランドものに身を包んで、高価な美容室を使っている人と散歩したかったりするだろうなあと思ってなんだかおもしろい。これは本文をずーっと読まないと生じてこない笑いだと思うんですが、ゴーゴリは身分というのにとにかくこだわりがあるようなんです。
 ゴーゴリはいろんな人をくさすんです。主人公チチコフの友人マニーロフについてもこう記します。
quomark03 - 死せる魂 ゴーゴリ(2)
  最初は誰でも、『なんて気持のいい善良な人だろう!』と言わずにはいられない。ところが次ぎの瞬間には、何も言うことがなくなり、それから今度は、『ちぇっ、まるで得体の分らぬ男だ!』と言って引き退さがるより他はない。引き退らずにいたものなら、きっと死ぬほど退屈な思いをさせられるquomark end - 死せる魂 ゴーゴリ(2)
  
 ゴーゴリの文体はものごとがゆっくりと進行していっけん退屈なんですけれども、よむほどに面白くなります。マニーロフは二百軒もの農家をかかえる立派な地主で、妻とも仲睦まじい。
 チチコフは「六等官」なんですが、この階級制度が廃止されるのは1917年の約75年後で、当時はおおよそ1000人(から2216人)くらいがこの身分を与えられていたようです。ゴーゴリは六等官を冴えないうさんくさい者として書いている気がするんですが。「六等官」って当時けっこうすごい存在だったのでは、と思える情報もwikipediaで発見しました。「帝国公立図書館館員のイヴァン・クルィロフ、作家として国から公認され第6等の等級を与えられた」って書いています。
廃止や改革が必要とされる農奴の制度をユーモアたっぷりに描いて、当時の政府からは出版を禁じられるけれども、歴史的な作品になる……。読んでいて、むずかしい問題を解きほぐしておもしろく書く、こんなことが可能なのかと驚きながら読みすすめました。
 主人公チチコフは、いろんな役人について、立派だ立派だ、お偉いお偉い、と繰り返し言い連ねていて、これはもしかすると、お笑い芸人で言うところの「テンドン」の展開として繰り返しているのかもと、思うのでした。
 物語はゆったり進行するのですが、第二章のチチコフが、友人マニーロフの家で食事をし終えてから、急展開します。これは見ものでした。物語の核心部分が進展します。本文こうです。
quomark03 - 死せる魂 ゴーゴリ(2)
 実は或る重要な問題についてちょっとお話ししたいことがあるのだが、と言い出した。
「あなたは、もうよほど前に戸口調査名簿をお出しになりましたので?」
「左様さ、もう随分になりますねえ、と言うより、殆んど憶えがないくらいですよ。」
「それ以来、余程あなたのところでは農奴が死にましたでしょうか?」
(略)
マニーロフが耳にしたのは、ついぞこれまで人間の耳に囁かれたこともないような奇怪きわまる話であった。
「どういう理由わけでと仰っしゃるのですか? その理由わけというのは、こうなんです。つまり、農奴を買いたいと思いまして……。」チチコフはそれだけ言ったまま、吃ってしまって、後がつづかなかった。
「しかし、なんですか、」と、マニーロフが言った。「一体どういう風にして買おうと仰っしゃるんで、つまり土地も一緒にですか、それとも、単に何処かへ移住させるという目的で、つまり土地とは別のお話なんですか?」
「いや、手前はその、あたりまえの農奴が欲しい訳ではないんでして。」と、チチコフは言った。「実は死んだのが望みなんで……。」
「なんですって? いや御免ください……どうも私は耳が少し遠いもんですからね、何か奇態なお言葉を耳にしたように思いますが……。」
(略)
「いや、手前が手に入れたいと思いますのは、死んだ農奴で、しかし戸口名簿の上では、まだ生きてることになっているもののことでして。」と、チチコフが言った。
 マニーロフはそれを聞くと、思わず長い羅宇らおにすげた大煙管を床におとして、口をぽかんとあけたが、そのまま数分間のあいだはいた口もふさがらなかった。あれほど親交の悦びを論じあった二人の友は、じっと向きあったまま、ちょうど昔よく、どこの家でも鏡の両側に相向いにかけてあった二枚の肖像画のように、互いに穴のあくほど相手の顔を見つめ合っていた。quomark end - 死せる魂 ゴーゴリ(2)
  
 主人公チチコフは、この譲渡は合法であることを主張して、奇妙な申し出をします。生きている農奴ではなく、死んだ農奴を合法に買い取りたいのだと言うんです。当時の法律では、農奴を雇っていると、税金が必ずかかりました。死後にもその税金を支払う必要があった。地主にとっては、その農奴を譲渡することが出来れば、節税になる。しかも楽しい親友の申し出なんです。なぜ、そんな意味の分からないことをやりたいのか、まるで分からないのですが、マニーロフは、チチコフの依頼を受け入れます。本文こうです。
quomark03 - 死せる魂 ゴーゴリ(2)
 チチコフが如何に沈着で思慮深い人間であったにしても、流石にこの時ばかりは、今にも山羊のようにピョンピョン跳ねあがりそうであった。これは誰でも知っているとおり、歓喜の絶頂に於いてのみ起こる現象である。
(略)
とうとうこんなことを言いだした。『いや、その一見塵芥のようなもので、この親戚も身寄りもない人間がどんなに助かるか、それがあなたに分って頂かれましたらなあ! まったく私は実にいろいろな目にあって来たのですよ。まるで荒波に揉まれる小舟みたいなものでした……。ああ、どんなに私が圧制や迫害を忍んで来たことでしょう、どんな苦杯をめて来たでしょう! それも何のためでしょう? みんな、私が正義を守ったからです、良心に恥じたくなかったからです、よるべない寡婦や哀れな孤児に手を貸そうとしたからなのです!……』ここで彼はハンカチをだして、あふれ落ちる涙を押えたほどであった。quomark end - 死せる魂 ゴーゴリ(2)
  
 ところがチチコフはついさっき、身寄りもない幼子たちからの寄付の呼びかけを完全に無視して通り過ぎたんです。
 チチコフはなぜ死んだ者を譲り受けたいのか? マニーロフはこう考えます。「チチコフの例の奇怪な頼みごとが不意に彼の空想を破った。それは幾ら考えても、どうもよく肚へ入らなかった。ああではないか、こうではないかと、いくら頭の中で考えてみても、さっぱり合点がてんがゆかず、しょうことなしに彼は煙草ばかりプカプカかしながら、夕飯までずっとそこに坐りこんでいた。」
 死んだ人を生きているように扱う……ゴーゴリは、人間の善意を見いだしたいのか、あるいはいっけん善良に見える人間の悪事を暴きたいのか、どちら側なのか分からない文章表現をするんです。どちらの側面からも読める作品で、そこもゴーゴリの魅力なのでは、と思いました。
 

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死せる魂 ゴーゴリ(1)

 今日は、ニコライ・ゴーゴリの「死せる魂」第1章を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 今回から十一回かけて、ゴーゴリの長編文学「死せる魂」を読んでみようと思います。大長編なんですが、下記リンクから全章を読むことが出来ますよ。この「死せる魂」はウクライナ生まれのゴーゴリが、ロシアでの貧しい青年時代を経て、ローマを長らく旅している時に書き記した文学作品です。「神曲」の作者ダンテにならい、生まれた国の権力者から逃れるようにしてイタリア半島を遍歴しつつ、物語を記したようです。
 「死せる魂」の第一章では、宿屋に現れた紳士を描写するところから、物語が始まります。
 この紳士の名前はチチコフといって、六等官の地主で、いま旅をしている最中なんです……。
 ちょっと気になるのは、チチコフは宿屋の給仕をつかまえて、お役人について妙にことこまかに質問しつづける、警察官にも役人がどこに住んでいるのかなんども聞いている……というところで、この紳士チチコフが、宿屋に長期的に泊まる理由はなんなのか、そこが気になりながら読んでゆきます。「とにかくこの旅人は、訪問ということにかけて異常な活躍を示した」と記されています。
「こうした有力者たちとの談合のあいだに、彼は実に手際よく、その一人々々に取り入ってしまった。」というところあたりから、このチチコフの奇妙な人間性が見えはじめてきます。
 この地は「まるで天国」のようだとか、お役人にたいして「絶大な賞讃に値する」とほのめかしたり、副知事にたいして『閣下』と言いまちがえてみたり、なんとも妙なんです。
 180年前のロシアが活写されていて、それを小説をとおしてかいま見るのも興味深いように思いました。知事の邸宅は「まるで舞踏会でもあるように煌々と灯りがついていた」「大広間へ足を踏み入れると、ランプや、蝋燭や、婦人連の衣裳が余りにもキラキラと光り輝いていた」というのもなんだか妙で、チチコフが怪しげなだけではなく、彼が謁見する有力者の暮らしぶりも、かなり謎めいています。
 まったく見知らぬ余所者であるはずのチチコフなのですが、有力者に取り入るのが妙に上手くて「みな、チチコフを古い知合いのように歓迎した」……。いったいチチコフはこの地でなにをするつもりなのか、というのを知りたくて読みすすめます。
 チチコフは、有力者たちにたいして、農地と農奴をどのくらい持っているのか、これを盛んに知りたがります。
 チチコフの話術はちょっとすごいもので、あまたの金持ちと、初対面なのに上手く打ち解けてしまうんです。
「役人たちはこの新らしい人物の出現に、一人残らず好感を抱いた。」「とても優しくて、愛想のいい方」というように思われる。
 商人や遊び人と初対面で打ち解ける人は、世の中に多いと思うんですが、権力者たちと初対面で仲よくなるというのはちょっと尋常ではないと思います。
 第一章の終わりのところで、この物語全体のネタバレというか骨子が明記されます。名作はネタバレをしてもおもしろい、というのがあると思うのですが、この典型例のような、オチの展開を最初のほうで示唆する記載がありました。チチコフの「奇怪な本性と、企らみというか、それとも田舎でよくいう『やまこ』というやつが、殆んど全市を疑惑のどん底へ突き落とす」とゴーゴリは書き記します。
 やまこ、というのは闇屋仲間というか、闇取引を業とする者という意味だと辞書の大辞泉には記されていました。チチコフはどうも大きな詐欺をやってやろうと、しているようです。次回に続きます。
 

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ゴーゴリの「外套」を読む

惑い(9) 伊藤野枝

 今日は、伊藤野枝の「惑い」その9を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 伊藤野枝はごく若いころからとくべつな冒険家で、十代のころに九州の今宿で、砂浜から5キロ先にある能古島までひとりで泳いで渡ったそうです。当時は親の決めた嫁ぎ先を完全に拒絶して生きることはとても困難だったはずで、それを親戚の支え無くやってゆくというのがすごく、文芸でもっとも表だった仕事をしていた女性である平塚らいてうと深く関わり仕事を受け継いだ……新しい生き方を何度も創り出した……物語にも記されているように「勇敢」というのを突き詰めていった、生き方に思いました。
 バカバカしいと思うことをきっぱり辞めて出てゆく、という伊藤野枝ならではの思い切りの良さが、物語の展開にも反映されているように思いました。「自分の考えを押し立てる」という伊藤野枝の言葉が印象に残りました。本文こうです。
quomark03 - 惑い(9) 伊藤野枝
 『出よう、出よう、自分の道を他人の為めに遮ぎられてはならない。』quomark end - 惑い(9) 伊藤野枝

 最後の二行が文学的展開で、暮らしぶりはまだ今までどおりであっても、主人公の逸子の心もちは未来における変革を決意して晴れやかである……その描写がみごとでした。
 

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惑い(8) 伊藤野枝

 今日は、伊藤野枝の「惑い」その8を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 本作は次回で完結です。伊藤野枝は小説や随筆で、人間の自立と自由について描きだしていったように思います。野枝の作品は、呻吟して思索された言葉として今も新鮮に読めると思います。伊藤野枝はいろんな批難にさらされてきたと思うんです。百年前は文人だというだけで国家から強い規制を受けてきましたし、当時は女性差別も厳しく、貞節を謳う人びとからも批判の的となっていました。
 伊藤野枝という名を知っている方ならご存じかと思うのですが、野枝は大杉栄と共に、帝国軍人に絞首されてしまいました。この事件では、野枝と大杉栄と七歳の幼子も亡くなっています。犯人は1945年夏の敗戦が来るまで帝国の徒として活動をつづけ権力を剥奪されないという、異常な状況がここから二十数年間も続きます。
 この「惑い」という小説はとても地味な構成をしていて、第一章で取りざたされた、新しく嫁いだ先の家が貧しすぎて無分別すぎることで主人公の逸子は煩悶していて、これが八章にもふたたび繰り返されて論じられています。
 自身の抱える憎悪と、自由のための反抗を、どのように展開させるべきか、逸子はこれに悩みます。伊藤野枝は、作中で繰り返し、因襲に対する個人的抵抗をうたっています。
 「惑い」という題名が終盤に来て上手く物語に共鳴してきたように思います。本文こうです。
quomark03 - 惑い(8) 伊藤野枝
   ……もう現在の人間生活の総ての部分に、不自由と不合理は当然なものとしてついて廻っているのだ。それに立ち向おうとすれば、唯だ、始めから終りまで苦しまなければならないのだ。諦めて、到底及ばぬ事として見のがして仕舞うか、苦しみの中にもっと進み入るか、幾度考え直して見ても、問題はたゞ、その一点にばかり帰って来るのだった。quomark end - 惑い(8) 伊藤野枝
  
「今まで続けて来た譲歩をみんな取り返した処で、決して自由にはなり得ない、その譲歩の何倍、何十倍も押し戻さなければならない」という一文が、いま悪意に捲き込まれている人びとへの、野枝からの百年越しの言葉として響くように思いました。
  

0000 - 惑い(8) 伊藤野枝

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