土地に還る 豊島与志雄

 今日は、豊島与志雄の「土地に還る」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 豊島与志雄といえば、レミゼラブルの翻訳が有名で、本業は翻訳家だと思うんですが、あまたの小説を書いています。そのなかでもこの敗戦後の復興の日々を記した「土地に還る」というこの小説は、もっとも代表的なもののように思いました。戦争で顔が爛れてしまった笠井直吉という男の、生きてゆくさまを描きだしています。終盤に「戯れ」と「愛情」ということについて黙考する場面があって、笠井の生きかたに迫力を感じました。田中家との親交や、焼けた土地を耕す場面が印象にのこります。
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  直吉は帽子を投げ捨て、強い陽光の中につっ立って、耕作地を見渡しました。瓦礫や鉄材や雑草の茂みなどに点綴されながら、そしてあちこちの新築バラックに遮られながら、広々とした焼け跡一面に、農作物が勢よく伸びあがっていました。直吉自身の畑地にも、茄子の葉が光り、トマトの実が色づき、胡瓜の蔓が絡みあい、菜っ葉が盛り上り、薩摩芋の根本の土がひびわれていました。quomark end - 土地に還る 豊島与志雄
 
 この前後の物語展開と心情描写が、すてきでした。
  

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ゲーテ詩集(48)

 今日は「ゲーテ詩集」その48を配信します。縦書き表示で読めますよ。
『亡霊の挨拶』という詩が印象に残りました。もう居なくなった死者の魂が、生き生きと人々に語りかけるのでした……。古典のとくべつな魅力を感じる、いくつかの詩でした。
  
quomark03 - ゲーテ詩集(48)
おれの心はきつく烈しかつた
この骨には騎士の気骨があつた
またこの杯は一杯に充たされてゐた
 
おれは半生を嵐のやうに過して来て
半生を安楽の中に送るのだ
そしておい、そこを行く人間の舟
進んで行けよ、いつまでも!quomark end - ゲーテ詩集(48)
 

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屋根裏の犯人 坂口安吾

 今日は、坂口安吾の「屋根裏の犯人」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 気前がよくて薬代をもらわないという、医者の妙庵先生というのがこの小説の主人公です。
 この妙庵先生のところに、貧乏性がひどい伊勢屋の使いがやって来て、風呂の煤払いをしたので、ふだんお世話になっているお礼に、ぜひお風呂に入っていってほしいという。毎年のことなのでさっそく妙庵先生は伊勢屋におじゃまする。
 なにかと貧乏性な伊勢屋は、ふだんから奇妙なことをいろいろやっている。貧乏性がひどすぎる伊勢屋は、お金のことにやっきになりすぎて逆に大損をしたりしている。この伊勢屋で起きた、屋根裏の珍事件をみて、妙庵先生はちょっと不思議なものを伊勢屋のご隠居に見せるんです。
 物語は虚実いりまじる空間なので、かえっていろんな事実に気が付かせてくれるような……なんだか粋な小説でした。
 

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追記   ここからネタバレなんですが、事件のあらましとしては、屋根裏から出てきた銀包みはおそらく、ネズミが母屋から隠居屋にひっぱっていったものだろう、と皆が言うのですが、ご隠居はネズミはそんなにものを持ち運べないと主張して、屋根裏に人間の泥棒が入りこんだんだという妄想を主張するんです。この妄想をうち消すために、妙庵先生は、鼠使いで有名な藤兵衛にたのんで、鼠に餅や小判を運ばせる芸をみんなに見せるのでした……。ところがこれでもまだご隠居は不安で不満なままなんです。泥棒鼠を屋根裏に放置していた伊勢屋に、盗まれた銀の利子を払えと言うのでした。「婆さんの喚き声をとめるには、利子を渡すか、息の根をとめるか、二ツに一ツしかありませんが、死ねば化けて出て尚その上に利子もとるにきまっているから、どうしても利子を払わなければなりません。そこで元日にならないうちに泣く泣く利子を御隠居に支払いました。」ということでご隠居はやっと安心してぐっすり眠ったのでした。

自分だけの世界 辻潤

 今日は、辻潤の「自分だけの世界」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 マックス・シュティルナーの『唯一者とその所有』を翻訳し終えた辻潤が、氏の自我経について短い覚え書きを書いている、という掌編です。十年かけて読んで、十年かけて翻訳を終えた。子どものころから、哲学的なことを考えていた辻氏は、十代のころに徒然草を愛読していた。英語を習い始めてからキリスト教に夢中になるんですが、知識追及が増すにつれてちがう本を読むようになった。同時代の作家について論じつつ、辻潤がどのように思想上の変化を経てきたのかについて記しています。「僕は時代精神の潮流に押し流されながら、色々の本を乱読した」そして「哲学めいた本の方に興味があった」だがいくら本を読んでも「結局、なんにもわからないということだけしきゃわからなかった」その中でマックス・シュティルナーの本を読んではじめて「自分の態度がきまった」。これがもっとも影響を受けた本だったというように記しています。絶対的な真理というような「迷夢」を追い求めないようになった、と書いています。
 シュティルナー批判としては『スチルネルが一切の偶像を破壊した後に、遂に「自我」という「偶像」を立てたといって非難する』というのがあるのですが、偶像を偶像だと分かりつつ作ってしまうことについてはおそらく問題が無いであろうと、辻潤は指摘しています。「ひたすら自分の人生経験に耳を傾けようではないか」と述べたモンテーニュの「エセー」と共通したことが論じられていました。このシュティルナーの思想を読んだのちに禅宗の本を読むと、得心の行くところが多いのだ、と辻潤は指摘しています。 
 自己を重大視しつつ「何人も何人を支配したり、命令したりしない状態」の社会はありえるのでは、と述べていました。辻潤のダダイスムの、大まかなところが見えてくる随筆に思いました。「君は君の好きなことをやり給え、僕は僕の好きなことをやるから」というのが印象に残りました。
 

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細雪(27) 谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その27を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 今回の見合いは、はじめから婚約までゆくはずがないと決まっているのに、とりあえずやっておこう、ということでお見合いをすることになったんです。ところが、お見合いの取り仕切りをしている姉の幸子が、腹痛で寝込んでしまった、これがどうも流産だったんです。そもそも幸子にはもう十歳ちょっとになる悦子という子どもがいるんです。この前後の夫婦の会話に人情味があり、家族の複雑な心情が記されていて印象に残りました。
 
「あんた、堪忍かんにんしてくれはるわな」
「何が?」
「あたしが不注意やってんわ」
「そんなことがあるもんか。僕はかえって前途に希望がいたような気イしているねん」
  
 このあと世継ぎや家族の今後はどのようになるかと、さまざまに思いを巡らす夫婦の描写があり、雪子の縁談についてもいったん姉の幸子は遠慮することとなった。二十世紀中盤の海外では、この「細雪」がいちばん評価が高かったと思うんですが、読んでみるとたしかに、他の谷崎作品と比べてもすごい完成度だというように思いました。
 戦争中に大きな問題を解決しようと躍起になる大日本の軍部と比べて、ちょっとした縁起の悪さを気にかけて小さな問題のすりあわせについてえんえん描き続ける谷崎の文学性が印象に残ると思いました。今回の第27回は、細雪の中盤でどういうことが起きているのか、はっきり見えてくる場面ですので、全文の通読をしないかたは、この回だけを読むと作品が理解しやすくなるかと……思います。
  

0000 - 細雪(27) 谷崎潤一郎

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「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。

■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)

お金とピストル 夢野久作

 今日は、夢野久作の「お金とピストル」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これはほんの1ページくらいの掌編の小説です。夢野久作の作品をいくつか読んでみたのですが、ふつうありえないような転調をするのが特徴なのでは、と思いました……。起承転結で言うところの「転」が色濃い作品に思います。バイロンが言ったという「現実は小説よりも奇なり」という言葉を連想させるような物語でした。
  

0000 - お金とピストル 夢野久作

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