初恋 矢崎嵯峨の舎

 今日は、矢崎嵯峨やざきさがの「初恋」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
「コロ」という猫を愛撫する「お雪」の姿が印象に残る、嵯峨の屋おむろ(本名は矢崎鎮四郎)氏の近代小説でした。
 折り紙が上手な「お雪」が年下の少年である「自分」に、折り鶴を教えてあげるのですが、ちょっとまちがえると、少年の手をしたたかに打ってあやまりを指摘しているという描写がなんだか、躾の厳しい家に育っていて、まだ幼さの残る男女のリアルな人間像に思いました。大好きな「お姉さま」のお雪が、関東へと帰ってゆくのが悲しくて泣いてしまう少年の姿が描かれていました。
 そういえば子供のころは、別れることが新しい暮らしの始まりだ、という感覚が無くて、別れることが永劫の離別のようなものに思えて悲しかったなというのを思いだす、幼いころの記憶を辿る物語でした。
 

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追記  娘がくれた3つの折り紙を大切に持っていて「いまだに遺身として秘蔵している」という記載がありました……。

安吾史譚 勝夢酔 坂口安吾

 今日は、坂口安吾の「安吾史譚 勝夢酔」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 坂口安吾と言えば特攻隊の美学を説いた随筆もあるのですが、本稿の坂口安吾は、原爆のことを考えつつ、兵隊は戦争を防げない、だから政治の力で戦争を防ぐしかない、ということを書いていました。
 その理由を考える時に、勝海舟の思想を紹介していて、勝海舟は「戦争をしないこと、なくすることに目的をおく」べきで「それ以外に政治の目的はない、そして万民を安からしめるのが政治だ」というように説いています。
 そこから安吾が、勝海舟とその家族の物語を描きはじめる作品です。
 勝海舟はじつは、幕府制度がもう欠陥だらけになっているのだから、戦争をせずに負けて、新しい政治が始まることを、当人が求めたのだそうです。あえて意識的に「負けた大将」になったのが勝海舟なんだそうです。勝海舟はしかも「高い運上(税金)は国を亡ぼす」と考えて、それで江戸末期の幕府の消滅を認めていたんだそうです。その勝海舟の父親、勝夢酔というのが、本編の主人公なんです。「このオヤジは一生涯ガキ大将であった」という記載が印象にのこる、無頼伝でした。剣術使いというよりも、喧嘩師だったんだそうです。武家の生まれなのに、いつも浮浪者と一緒に暮らして、崖から落ちて大怪我をしたり、息子の看病で奇行を繰り返したりという、ことが描きだされます。「蔵前の八幡の祭り」で、えんえんケンカをしまくっていると「敵は五十人ほどになった」というなんだか意味不明な乱暴な場面がありました。
「源兵衛を師匠にしてケンカの稽古に身を入れた」
「折あればケンカの腕をみがいて見聞をひろめた。二十一の年に江戸を食いつめて、また家出をした。事があったら斬死するつもりでいたから何も怖いことはなかった」
 江戸時代をきれいさっぱり終わらせた、敗北の中心人物である勝海舟の、その父親は、なんとも破天荒な男だったようです。
 

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追記  勝夢酔がいったいどういう活躍をしたのか、が記されていました。ある男が、岡野家に大金を貸したのですが、岡野家はこの三百両を越える借金が返済できずに困っていたという事件があり、ここに勝海舟の父親である「勝夢酔」が相談を受けて、やむをえず岡野家を救うために奔走し、村人たちをなんとか宴会で説得をして五百五十両を調達し、岡野家の救済を成し遂げた、というお話しでした。お金の扱いは上手いのだけれども、本人はずっと貧乏だった、というところが侠気なのかなと思いました。

醤油仏 吉川英治

 今日は、吉川英治の「醤油仏」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 吉川英治と言えば、宮本武蔵や親鸞など歴史上の人物を大長編で描きだした作家だと思います。まだほとんど読めていないのでいつか読んでみたいのですが、こんかいは、江戸の深川の、日雇い労働者たちの、奇妙な集まりを描きだした中編小説を電子書籍化してみました。
 左次郎という19歳の少年が、病弱なのになぜかよく働いています。これを不審に思った親方(銅鑼屋の亀さん)が事情を聞いてみると、左次郎は鳥取藩池田家に仕える武士の息子だと分かります。彼は、養母の「お咲」と「一平」が「安南絵の壺」とともに関東で行方不明になった謎を追って、わざわざ鳥取から一人で、江戸にやって来て、けっきょくは日銭を稼ぐために働いているのだ、ということなのでした。
 いっぽうでその深川では大食いたちが、ありえないくらい多くのものをぜんぶ食えるのか、賭けをする勝負が流行して、食いすぎて倒れた者さえでてくる始末です。「伝公」という伝説的な大食い男が大金を稼いでいると知って、ある男が愚かにも危険な勝負に挑むのですが……。

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追記  「伝公」に大金を賭けて「醤油賭」の勝負に挑んだところ、伝公の解毒の裏技も通じずに、伝公は醤油の飲みすぎで倒れてしまうのでした。この伝説の男である伝公がじつは、「お咲」と「一平」の二人組であったことがのちに明らかになるのでした……。金を稼いでなんとか鳥取に帰ろうとしていたところ、稼ぎすぎて金に目が眩みすぎておかしくなった男女の物語でした。徳川家康が重大視していたという「過ぎたるはなお及ばざるが如し」という事態が描きだされた時代小説なのかなと思いました。

やぶからし 山本周五郎

 今日は、山本周五郎の「やぶからし」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 幼いころから養子に出されて、じつの父母とは離れて「憎みあうことさえもないよそよそしさ」のなかで暮らしてきた「わたくし」が「十六歳に」なって、晴れて婚姻の日を迎えて新しい家に入ってゆく場面が描かれる物語でした。
 武家の花嫁となって新しい家に迎えられた、その「感動の与えてくれるあたたかさと、やすらかにおちついた気分とで、わたくしはうっとりしていたように思う」という朗らかな場面から急転して酒乱の「あの方」が不気味なことをしはじめるようになった。「肌に、つぎつぎと収斂しゅうれんが起こったほどであった」という場面が立ち現れて「すず」は動転してしまう。義理の父母にも相談をしたのですが……四十日ほどして「あの方」が他のところでも深刻な問題を引き起こしたために細貝家から追い出されてしまいます。本文こうです。
quomark03 - やぶからし 山本周五郎
 あの方が去ってから約半年、九月になってまもなく、わたくしはおかあさまから離縁のことを相談された。(略)「あなたはまだ十六でいらっしゃるし、これからどんな良縁にも恵まれることでしょう、もちろんわたくしたちもこころがけますけれど、ここでいちど、おさとへお帰りになってはどうでしょうか」quomark end - やぶからし 山本周五郎
 
 ところが「すず」は細貝家に留まるという決意をして、これを義母に言うのでした。はじめはぎこちない親子関係であったのですが、じょじょに親子でうちとけるようになった。やがて、父母は細貝家で新しい婿を迎え入れることにした。すずと結婚させたい良い男が居るのだ、というので、ありました。
「久弥さま」との再婚というか結婚がついに実って、この人は酒乱でも無いし、相性も良くて、二人でよく笑い合ったりした。世間知らずの「すず」であっても恋心を抱く相手であった。2人は着実に成長してゆき、子にも恵まれた。
 武家の幸福が、なんだか美しく描きだされていました。ところが、終盤になって離別した男が突然、現れて……。
 

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作中の、むずかしい言葉を調べてみました。
「劬る」

追記  終盤になって離別した「あの方」がやって来て五両もの大金をせびられてしまいます。現代でいうと50万円をかなり超える金額です。そのあとがさらに悪く……結末が痛ましくも衝撃的な、時代小説でした。山本周五郎の時代小説は何作も映画化されていますが、これは映画化が不可能なのでは、と思う作品でした。この「やぶからし」をもし映画館で見ていたとしたら、すごい結末の、急激な話しの断ち切り方で、スクリーンを眺めながら呆然とするだろうなと思いました。
 

奥の海 久生十蘭

 今日は、久生十蘭の「奥の海」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 京都に堀金十郎という武家の祐筆がいて、天保七年の飢饉のさなか烏丸中納言という貴族の娘さんと結婚するにいたります。
 危ない時世でも、この姫に腹いっぱい食べさせてやりたいということで金十郎は借金をしながら、姫におおいに飯を食べさせていたのですが、さらなる飢饉で、粥もろくに食えない状況になります。本文こうです。「冷気でその年の米が実らず、奥羽は作毛皆無で、古今未曽有の大飢饉となった」。飢饉が深刻化するさなか、妻の知嘉姫がふらっと家を出てしまいます。「どうしたのか、その夜も帰ってこない。実家へ遊びに行って、帰りそびれているのだろうと、召次の舎人とねりに聞きあわせると、実家にお帰りはなかったという。」
実家で尋ねると、姫はこのように述べていたと言います。
「二度の食をつめ、水を飲んでまでいたわってくださるのだが、その親切が重石おもしになり、あるにあられぬ思いがした」「私は犬でもねこでもないのだから、かてで飼われているのでは、いかにも空しい気がする」
 それで金十郎は、妻を探す旅に出るのでした。姫の消息を追って、金十郎は飢饉にあえぐ村々のほうぼうを訪ね続けます。
 大飢饉のなか、ゾンビのように彷徨っている数百人の飢餓者たちによる力無い暴動がおきる事態の描写がおぞましく、本文にあるように「地獄めぐり」という状態でした。作者や近親者に餓えの経験があるのか、江戸時代の飢饉の描写はちょっと尋常でない迫力を感じるものでした。
 中盤から芭蕉の「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」といったような、徒歩でのはてしない旅をしはじめてしまい、飢餓の冒険譚から、歴史的な紀行の小説に変じてゆくのがなんともみごとでした。
 

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追記  ここから先は完全にネタバレですので、未読のかたはご注意願います。大飢饉の最中に、いずこかへと消えてしまった姫の消息を訪ねてあらゆる村を訪問しているうちに、飢えた人々はいったいどのように去ってしまったのかを、金十郎はさまざまに目の当たりにするのでした。
 終盤では、武士の金十郎が違法な隠し鯨の肉を食った罪で裁かれてしまうのですが、無駄に抗うことも無く、武士道を重んじた態度で終わる、最後の一文がみごとな小説でした。

魚紋 吉川英治

 今日は、吉川英治の「魚紋」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これははじめ江戸時代の地味な碁会所での探りあいやら恋模様が描かれるんですが。4人……5人の悪党が、700両という大金を巡って痛烈な争いを繰り広げる無頼の物語で、中盤からはハリウッド映画の惨劇みたような諍いが畳みかけられる、江戸の悪漢小説なのでした。
 登場人物は……
 碁会所の女主人である、お可久。
 山岡屋。
 浮世絵師の喜多川春作。
 侍のかまきり。
 外科医の玄庵。
 遊び人のあざみ
 この薊というのが意外と危険な男でとんでもないことが起きるのでした。
 ある雨の日、碁会所にいる山岡屋のところに、牢番がやってきて、妙なことを言うんです。
「川底に七百両の金を沈めてある」どうも盗賊の和尚鉄が大金を盗み出して、逃げるときに川底に財宝を沈めたまま、捕まってしまった。これを川から引き揚げて、和尚鉄の代わりに知人の山岡屋に使ってしまってほしい、という依頼なのでした。和尚鉄はもう島流しを喰らうか死罪となるかで、二度と娑婆には戻れそうになく、盗んだ金の使い道はない。牢番も小判が欲しくてこの危険な依頼をしに来たのでした。
 山岡屋はさっそく永代橋の西河岸の川底を見にいくのですが、そこには役人もいるし人通りも多いし、川の流れもきつい。小判が水に洗われているのは見えるが、そうやすやすとこれを引き揚げることが出来ない。本作の題名である「魚紋」というのは魚が泳いだあとにできる波紋のことです。
 山岡屋と牢番の密談は、悪友たちに盗み聞きされてしまっていて、誰もがこの川底に沈んだままの、盗まれた七百両を狙っている……
 

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追記  ここからはネタバレなので、近日中に読み終える予定の方はご注意願います。 川底に沈んだままの、盗まれた七百両をいろんな悪党が狙っているところで……次々に事件が起きるのでした。さいごは愚かで無欲な喜多川春作だけが生きのこって、七百両はこれは、役人もこれを探しだせぬまま、東京湾に流されて海の藻屑と消えたのかと、思われます。