今日は、新美南吉の「嘘」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
これは現実を活写したような筆致の、小学校が舞台の童話なんですが、なんだか不思議な事態が描かれていて、夢で良く見るのはこういう話しだなと思いながら読みすすめました。転校生がやって来て、この少年と交流するという既視感のある始まりかたで、はじめは温和な子どもの物語かと思っていたんですが、この転校生の「太郎左衛門」という江戸の家臣みたいな名前の謎の少年の家を主人公の「久助君」が訪れたあたりから、ずいぶんくらい、暗黒童話になっていって、妙に引きつけられました。江戸や中世文化の不気味さが眼前に迫ってくる感じです。いっけん深い闇のように見えて、それがどうも奥行きの無い張りぼてのような存在である。太郎左衛門はいっけん不思議なことを言うんですが、実体はどうもつまらない嘘が混じっているんです。
太郎左衛門のことをよく見ていると、片方は美しい表情で、片方は陰険な表情になっている。二人の人間が左右バラバラに合体したような顔つきになっている。ふつうとちがう少年なのではないか、とか思う。後半は、これはまさに新美南吉の作品だ、と思う童話らしい展開でした。
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(総ページ数/約10頁 ロード時間/約5秒)
追記 ここからはネタバレなので、近日中に読み終える予定のかたは、ご注意ください。後半で、太郎左衛門は多くの級友を連れて、遠くまで鯨を見にいこうと誘うのですが、この鯨が出たというのが嘘だった。みんな知らないところで迷子になってしまって、夜も更けてきて泣いてしまった。真夜中に惑っていると、下手をすると大怪我をしてしまうかもしれない。ここで嘘で塗り固められたペテン師のような太郎左衛門くんはまた、ありえないようなことを言うんです。みんな暗闇の中で、この太郎左衛門の言うことを聞くしかなかった。最後の最後では、じつは太郎左衛門くんは嘘を言わずに、みんなが助かるように、親戚の家に立ち寄って電車で帰ることができたのでした。危なくなってきたら、嘘でだましたりはせずに、真面目なことを言って、みんな助かった、というオチで、終わってみれば牧歌的な童話なのでした。