死せる魂 ゴーゴリ(8)

 今日は、ニコライ・ゴーゴリの「死せる魂」第8章を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 生きている農奴に見せかけた、死んだ農奴をあまたに買い取ってきたチチコフには、おかしな噂が盛んに生じて、この噂の渦に感応してしまった婦人が奇妙な匿名の手紙をチチコフに送ったのでした。それから「知事の邸で催される舞踏会の招待状が届いた」のでした。「彼が舞踏会に姿を現わすや否や、異常な活気が沸きあが」ります。
 主人公の詐欺師チチコフは、作中ではパーウェル・イワーノヴィッチと記されるんです。どうして読者にはチチコフと述べ、作中人物たちはみなこぞって「パーウェル・イワーノヴィッチ」と言うのでしょうか。主人公はパーウェル・イワーノヴィッチ・チチコフという名前なんです。 
 とりあえず言葉づかいを上品にしてみる人たちのことも面白く描写されます。
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『このコップ(又は皿)は臭い』などと言ってはならない、いや、そういったことを仄めかすような言葉づかいをしてもいけないのだ。そんな場合には、『このコップはお行儀が悪うございますわ』とか何とか、そんな風な言い方をしたものである。quomark end - 死せる魂 ゴーゴリ(8)
 
 現代日本の場合は、横文字でなんとかおしゃれな雰囲気をつくり出すということがよく起きると思うんですが、近代ロシアでは、フランス語をつかって上品さを演出したらしいです。
 チチコフはついに、四百人もの「どこにも居ない農奴たち」を買い取って、これをどこだかに移住させる予定であることを、公的な書類に書き記し終えて、これが街中の噂になったのでした。多くの人々は、四百人もの農奴を買い取って移住させるなんて、それはたぶんチチコフはよほどの大金持ちのすごい地主なんだろうと、勘違いします。実際には死人たちを安価に買い取っただけなんです。
 データを右から左に移動させて利鞘を稼いだりするだけの空虚な仕事の人が、すごい尊敬されてしまう、それはいったいどういうことなんだ、というような現代的な問題も、ユーモラスに示唆されて取り上げられているように思いました。
 たとえ虚業まるだしであっても、ここまで良い噂が立つような経験というのは1回くらいは体験してみたいもんだと思いました。ただチチコフはこんご、ウソが完全にバレてしまって、破綻する可能性がたいへんに高いわけで、これからいったいどうなるんだろうかと思いながら読みすすめていたところ、粗暴なノズドゥリョフが現れて、チチコフの悪事を婦人連と閣下たちの目の前で暴き立てたのでした。
 ところがノズドゥリョフは常日頃からひどい虚偽を言いつづけてきたので、どうも「チチコフが死んだ農奴を蒐集している」というのはデマだと言うことで、この謎のデマ(じっさいには事実)は広まり続けたのでした。大嘘つきと大詐欺師の闘いは、悪評合戦としても展開してゆきました。
 死んだ農奴はあまたに蒐集された、という話を聞きつけたコローボチカおばあさんは、死者の農奴の値段について調べてみたりするのでした。次回に続きます。
 

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私の信条 豊島与志雄

 今日は、豊島与志雄の「私の信条」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは作家で翻訳家の豊島与志雄が、個人的な自由のことを語っている随筆です。もとからひとりっ子で1人の時間が長く、他人と約束をして時間の進行が固定されることに慣れていない、そういう作家の人生が描かれています。時間の余裕とお金の余裕はじつは繋がっていないことが、よくあると思います。お金は無いけど時間だけある人も居れば、一生分の貯金はあっても時間の余剰は少ない人もいる。近代文学のたいていは、時間が豊富にある人の話が多いと思います。与謝野晶子と漱石と鴎外が、時間の無いところを豊かに生きたんだと思います。豊島与志雄のこの文章がすてきでした。
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 打ち明けたところを言えば、仕事の実践よりも、それ以前の瞑想の方が遙かに楽しいのである。原稿紙に向っての文字による造形には、一つの決定的なものが要請されるが、その一歩手前の瞑想には、無限の可能性が含まれる。この可能性の中を、私は自由に逍遙したいのである。仕事に怠惰であっても、瞑想に勤勉だと、自惚れている始末だ。quomark end - 私の信条 豊島与志雄
 

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 言葉にされることのない詩心や、記されることのなかった偉人、ということについて考えるのが文学なのでは、と思いました。

かたい大きな手 小川未明

 今日は、小川未明の「かたい大きな手」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは人魚や胡蝶のあやかしを描いてきた童話作家の、戦後の様相を描く、実話っぽい作品です。小川未明と言えば幻想的な異変が起きる物語を描くと思うんですが、今回はごく普通の家族の様相を描きだしていました。敗戦後の食糧難のころの、人々の姿が描きだされます。銭湯とお金とぬすびとの話でした。戦後すぐにはこの本が読まれたんだ、と思いました。
 

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ゲーテ詩集(17)

 今日は「ゲーテ詩集」その17を配信します。縦書き表示で読めますよ。
「人間嫌ひ」という題名と内容が、ミスマッチのようでいて、やはり的確な題名のように思えて、不思議な詩でした。
 相反するものが不思議に入り混じる詩でした。
 

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馬鈴薯からトマト迄 石川三四郎

 今日は、石川三四郎の「馬鈴薯からトマト迄」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これはフランスで農業を5年ほどやっていた作家の随筆です。本文こうです。
quomark03 - 馬鈴薯からトマト迄 石川三四郎
 実際、百姓をし始めて、自分の無智に驚いた時ほど、私は自分の学問の無価値を痛感したことは無い。学校の先生の口を通じて聞いた智識、書斎の学者のペンを通じて読んだ理論、其れが絶対に無価値だとは勿論言へないが、併し私達の生活には余り効能の多くないものである。殊に平生室内にばかり引込み勝ちであつた私は、自然に対して無智、無感興であつたことに驚かされたのである。quomark end - 馬鈴薯からトマト迄 石川三四郎
 
 石川三四郎は、フランスでじゃがいもを栽培し、遊びにきたマダムにどうしてジャガイモを収穫しないのですかと言われる。知らぬ間に育ちきったそれを地中から取りだして石川さんはびっくりするんですが、じゃがいもが地中でこんなに育ちきるなんて、まったくの想定外で知らなかった、と言って喜びます。それをみたフランス人のマダムは大いに笑ったのでした。フランスではじゃがいもを「地中の林檎」と言うのでした。
 フランスの農業は100年前も今もずっと豊かで、とくにブドウ畑の記載がすてきでした。
 

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追記
終盤の、ジャガイモとトマトがかけあわさることにかんしては、ネットにも「ポマト」のページにちょっとした記載がありました。百年千年も残る豊かなブドウ畑と、残らない変容トマトには、なんだか差があって、ちょっともの悲しいのでした。

  

世相 織田作之助

 今日は、織田作之助の「世相」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 戦時中は殺人事件の報道や事件を描きだす小説もほとんど禁止されていたんですが、敗戦でその部分の報道が自由になって、阿部定事件も自由に書けるようになった。阿部定って当時はそうとうの美女だったんだと思います。
 こんかい織田作之助は、おもに3つの話を描いています。若いころのデカダンでエログロな恋愛の実体験と、阿部定事件に妙にくわしい天ぷら屋の主人と、戦争から帰ってきて完全な浮浪者になって衣食住のすべてを失っている幼なじみの横堀千吉の話です。この小説は私小説とか実話小説に近いもので、現実をいろいろ描写しています。ぼくは貧困にあらがう横堀千吉の生きざまに魅了されました。かつて100円というけっこうな金額を盗んでいって、浮浪者そのものになってシラミだらけの幼なじみが家にやって来て、織田作之助はこう記します。
quomark03 - 世相 織田作之助
  横堀の身なりを見た途端、もしかしたら浮浪者の仲間にはいって大阪駅あたりで野宿していたのではないかとピンと来て、もはや横堀は放浪小説を書きつづけて来た私の作中人物であった。quomark end - 世相 織田作之助
 
 天ぷら屋の主人は戦中ひそかに、阿部定事件を追った裁判記録を手に入れていて、作家である「私」つまり織田作之助にこの秘蔵の本を、見せてくれるんです。けれども作之助はこのころに「風俗壊乱」の罪で発禁処分を受けているので、阿部定の恋愛を井原西鶴みたいにみごとに書いてみたいけれども、検閲を通るわけがないので、どうしても書けなかった。それが戦後になって、ふたたび天ぷら屋の主人とめぐりあったので、あの阿部定事件の秘蔵本はどうなったんです? と聞いたのですが、やはり空襲でぜんぶ焼けて消えてしまっていた。ところが……。つづきは本文をごらんください。
 

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追記
 ここからはネタバレなので、未読の方は本文だけを先に読んでもらいたいのですが、幼なじみの横堀千吉が、何もかも失った貧困のきわみの中から、闇市や違法賭博で金を稼いでしたたかに儲けてゆく描写がみごとでした。あと、天ぷら屋の主人がどうしてあんなに謎めいた阿部定事件の秘蔵本を金庫に隠し持っていたのかというと、じつは天ぷら屋はクリスチャンの妻との関係性が乏しくてうらぶれていたころに、まさに阿部定本人と出逢っていて、何十日間にもわたるすごい不倫の日々を送っていたらしいんです。作家の織田作之助がこれを描きだして、なんとも無頼な作品だと思いました。中盤から後半が魅力的な小説でした……。