惑い(8) 伊藤野枝

 今日は、伊藤野枝の「惑い」その8を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 本作は次回で完結です。伊藤野枝は小説や随筆で、人間の自立と自由について描きだしていったように思います。野枝の作品は、呻吟して思索された言葉として今も新鮮に読めると思います。伊藤野枝はいろんな批難にさらされてきたと思うんです。百年前は文人だというだけで国家から強い規制を受けてきましたし、当時は女性差別も厳しく、貞節を謳う人びとからも批判の的となっていました。
 伊藤野枝という名を知っている方ならご存じかと思うのですが、野枝は大杉栄と共に、帝国軍人に絞首されてしまいました。この事件では、野枝と大杉栄と七歳の幼子も亡くなっています。犯人は1945年夏の敗戦が来るまで帝国の徒として活動をつづけ権力を剥奪されないという、異常な状況がここから二十数年間も続きます。
 この「惑い」という小説はとても地味な構成をしていて、第一章で取りざたされた、新しく嫁いだ先の家が貧しすぎて無分別すぎることで主人公の逸子は煩悶していて、これが八章にもふたたび繰り返されて論じられています。
 自身の抱える憎悪と、自由のための反抗を、どのように展開させるべきか、逸子はこれに悩みます。伊藤野枝は、作中で繰り返し、因襲に対する個人的抵抗をうたっています。
 「惑い」という題名が終盤に来て上手く物語に共鳴してきたように思います。本文こうです。
quomark03 - 惑い(8) 伊藤野枝
   ……もう現在の人間生活の総ての部分に、不自由と不合理は当然なものとしてついて廻っているのだ。それに立ち向おうとすれば、唯だ、始めから終りまで苦しまなければならないのだ。諦めて、到底及ばぬ事として見のがして仕舞うか、苦しみの中にもっと進み入るか、幾度考え直して見ても、問題はたゞ、その一点にばかり帰って来るのだった。quomark end - 惑い(8) 伊藤野枝
  
「今まで続けて来た譲歩をみんな取り返した処で、決して自由にはなり得ない、その譲歩の何倍、何十倍も押し戻さなければならない」という一文が、いま悪意に捲き込まれている人びとへの、野枝からの百年越しの言葉として響くように思いました。
  

0000 - 惑い(8) 伊藤野枝

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第一回から第九回までの全文をはじめから最後まですべて読む(※大容量で重いです)

立春の卵 中谷宇吉郎

 今日は、中谷宇吉郎の「立春の卵」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これはちょっと奇妙な随筆で、日付も珍しいもので1947年の4月1日の作品なんです。なんだか大がかりな話しで、ニューヨークと上海と東京で集団的に論じられ実験がおこなわれた「立春に卵は立つ」ということにかんするエッセーです。
 戦争が終わって1年ちょっと経った春の話しです。立春というと2月4日で、4月1日はエイプリルフールで、そこで永続的に倒れない、屹立した卵が出現した、という話しが記されている。魔法かなにかで卵が立つのか? という印象からはじまる不思議な話です。
 中谷宇吉郎というと博学な科学者であってその随筆は、ものごとと考えが整頓された、すてきなエッセーばかりなんですけれども、これはちょっとちがうんです。卵はくたっと転がるのが当然で、それがコロンブスでもないのに立ってしまう、ということについて書いています。「コロンブスの卵」の逸話ではふつうにやればけっして立たないことになっています。
 なぜ卵が立つのか、卵は立たないだろ、というのに、立った立ったという話が繰り返される。中国の古い文献には、立春にだけ卵が立つらしいのです。卵が立ったのならその裏側にトリックか科学的根拠があるはずだと言うことで、この卵が立つのかという平和な謎を、やたら深追いして論じているんです。
 底にちょっとした凹凸があって立ちやすい卵というのがどうもあるようです。カメラを三脚で立てるみたいに、タマゴの底の凸凹がちょうどうまいこと三脚みたいになっている生卵ならけっこうかんたんに立つようです。論理的に考えたらよほど不安定なものでもないかぎり、無風なら立つ可能性はあるんですけど、現実に立つかどうかは分からない。この分からないことについて、科学的に論じていて興味深いエッセーでした。最後の数ページがほんとにみごとなんです。推論と実験と検証、これを繰り返していった中谷宇吉郎の人生全体をもうすこし知りたいと思いました。
 中谷宇吉郎はほんの一文しか記していないんですけど、人類が核エネルギーを作ってしまったのちの、持続的な平和について思念しつつ、なんということもない卵について論じている、というところに戦争が終わった1年のちの世界を夢想させる力があるように思いました。

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文字禍 中島敦

 今日は、中島敦の「文字禍」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 中島敦というと、日本を離れて海外に長らく在住し、パラオで語学と教育を研究した、中国文明に詳しい文豪という、印象なんです。その中島敦が、文字と精霊について論じているのですが、これがなんだか重SFというか本格SFみたいな、不思議なことを書いているんです。
 これは……すごい本で、中国の一流の学者がSFを書いたことがあってそれを和訳したものとか、医学者が遺伝学についてSF小説内で論考したとか、そういうレアなSF作品としても、読めるように思いました。
 具体的には、精霊と言語について論じています。そもそも言葉や視覚で表現できないところに、霊という存在があるはずで、言葉そのものに霊が潜むかどうかというのは、太陽に水があるのかとか、水と油が混じるかどうか、というくらい奇妙な乖離のある問いに思います。あまたの精霊の中に、はたして文字の精霊はあるのかどうか。アッシリア文明の老博士の視点から、この謎が追究されてゆきます。
 文字をしらないで生きた人が、文字を憶えてから、どのような変化があったのか、現地調査をするのです。文字を憶えてしまうと、霊的な体験は減退するのではないか。
 あるいは言葉というのが全体がそもそも、霊的活動の代替物のようにも思えます。
 プラトンの述べる「洞窟の比喩」のごとき議論も記されています。読み応えのある小説でした……。
 

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ミイラ取りがミイラになるとか、自己言及パラドックスとかいうことを連想しました。

外套 ゴーゴリ

 今日は、ニコライ・ゴーゴリの「外套」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 ウクライナ生まれのゴーゴリの文学作品を読んでみました。
 ゴーゴリの描く外套は……極寒の地において暖がとれ衣食住がやっと整ったという意味あいもありそうで、ボロボロになった外套をあきらめ、新しい服を手に入れようと決意してこれがやっと実現した時の、主人公の喜びは迫力のある描写に思いました。
これは1840年に記された小説なのですが、このころのウクライナの文化についてはwikipediaに少し記されていました。
 ここからはネタバレになってしまうので、未読の方は本文だけを読んでもらいたいのですが、後半の、事件を解決するためのロビー活動のことが印象に残りました……。要人に対面して折衝を願い出て、これが無碍に廃棄されてしまうのが哀れでした。初見の時は気がつかなかったのですが、正しい側や被害者側は問題解決に向けての努力が必要となってしまい、それらの努力が不運にも壊されてしまうのがおそろしく思いました。有力者の「閣下」の言い分はずいぶんおかしい。有力者は主人公の事情を鑑みず無碍に威圧すると、彼は青ざめてしまいます。翌日から仕事が出来なくなり、病にかかって亡くなってしまう。主人公は新調した外套について誉めそやされて良い気分になって気が緩んでしまい、それが原因で不幸に見舞われ大病に陥っていて、この禍福をあざなう描写が忘れがたいものに思いました。有力者はさいご、死者の蒼白な顔がまるで忘れられなくなるのでした。
 

0000 - 外套 ゴーゴリ

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ウクライナ情勢に関しては、CNNNHKと、wikipedia、が参考になると思いました。
yahooネット募金にて、ウクライナの緊急人道支援が必要とされています。

最初の苦悩 フランツ・カフカ

 今日は、フランツ・カフカの「最初の苦悩」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 カフカは子どものころにサーカスの曲芸を見て、いろんなことを空想したんだろうなと思う短編小説でした。
 カフカの『城』でも印象深かったのですが、とにかくただ一つの方針だけに徹することになってしまっている人間の姿、というのをカフカはなぜか描くことがあると思います。ブランコ乗りの曲芸師がもうずーっとブランコの上で訓練を積み重ねて高いところで暮らしている。ブランコから下に降りることがほとんどまったく無い。
 ひとつのことに特化して一本化された状態を継続させる、奇妙な生き方……。現代的な内容に思いました。「最初の苦悩」という言葉をどういうようにカフカが描きだすのか、終盤の1行がみごとなんです。不思議な構成の小説でした。
   

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戦争と一人の女 坂口安吾

 今日は、坂口安吾の「戦争と一人の女」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは戦時中を描いた小説で、安吾と言えば評論的随筆がもっとも有名だと思うんですが、今回のは純粋に物語小説になっています。帝国主義の呪いから解放されたところの戦後の記載が印象深かったです。終盤の描写がみごとでした。
 

0000 - 戦争と一人の女 坂口安吾

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