文七元結 三遊亭圓朝

 今日は、三遊亭圓朝の「文七元結」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 この「文七元結ぶんしちもっとい」は速記本というもので、落語のはなしをそのまま文章化してみたというもので、どうもこれが明治初期の言文一致運動の始まりに於いて重要なもので、これらによって読みやすい物語小説が発展してゆき、現代小説につながっていった、らしいです。
 日本の小説は落語の聞き書きが起源なのかもしれないと、言われてみるとなんだか小説に対する意識がちょっと変わるように思いました。じっさいこの速記本を読んでみると、当時の本にしてはずいぶん読みやすくて、読んでいて面白いんです。たぶん流暢に話す落語家だったら、きっとこういうように話すんだろうなと、脳内で自動補正して読みすすめるんですけど、うまい人が話したらここで笑いが起きる……はずだというように感じる作品でした。
 ほとんどモノクロテレビみたいに古びてボロボロになった小さいモニターで映画を熱心に見ている専門家の話しをむかし聞いたことがあるんですけど、それはもう脳内で色を塗って見ているはずなんです。聞こえない声を聞くのが本なんだ、というように思いました。
 じっさい読んでみると、やはり小説としても落語としてももの足りない。速記本だなと思うんです。内容としては、仕事が出来る男なのに賭博で家を潰しかけていて、これをなんとかしようと、娘がみずから御奉公致して働くことに決めた。京町一丁目の角海老楼というのは吉原遊郭の有名な店だそうです。
 それで左官の長兵衞は、吉原の角海老のおかみさんから100両を貸してもらって借金をすべて整理することにした。おかみさんは、娘の親孝行をおもんぱかって、年末まではお手伝いさんとして働いてもらうことを確約した。だがちゃんと働いて100両を返済しないかぎりは娘も不幸になるから賭博はもうやめるのだと長兵衞をさとします。
 ところが100両もの大金を、現代で言うと五百万円(あるいは二千万円くらいかもしれないらしいですが)もの大金を手に持って歩いていると、身投げをしようとしている妙な男がいてですね、100両をついさっき無くしてしまったと言っている。大金をなくした罪悪感に耐えきれず、身投げをしようとしていたのが、文七という名前の男なんです。しょうがないから100両ぜんぶをそいつにあげてしまった。それでその文七という男は生き延びたんですけど、肝心の長兵衞は、今から2倍の大金をいそいで稼がないといけなくなった。
 ところがじつは、100両をもらった文七は、無くしたはずの100両もすぐに発見してしまって、もらった金をすぐに返そうとする。100両もの大金をくれた見知らぬ男(長兵衛)に金を返したいが、どこの誰だか分からない。それで近江屋の主人に相談すると、それはたぶん角海老で100両を借りていった長兵衛だというので、さっそく主人と文七は長兵衛に金を返しに行く。
 長兵衛はなんと、100両はもういらないや、あげた金はもう受け取りたくないと言いはじめる。どうもばくち打ちの道楽者だから、金にこだわりがないみたいで、見知らぬ人間を助けようとする男なんです。
 そういう態度をどうも、近江屋の主人である卯兵衛は感心してしまった。それで風俗嬢になりかけていたお久とマヌケな失態をした文七の2人は、ちゃんと良いところがあるし、ちょうどいいので夫婦になってもらって、近江屋の仕事の一部を継いでもらって、親孝行なお久は幸せに暮らすことが出来た、ということなのでした。……。ちょっとぼくの説明ではこの面白さと人情は伝わらないのかと思うので、wikipediaで登場人物やあらすじも書いていますし、YouTubeに文七元結ぶんしち もっといの落語がありますのでぜひ聞いてみてください。
 
 

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