板ばさみ オイゲン・チリコフ

 今日は、オイゲン・チリコフの「板ばさみ」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 ゴーゴリが「死せる魂」を書いた時にも検閲の問題は起きていたわけで、近代と検閲には深い関わりがあるように思います。この小説では、検閲官のほうが主人公なんです。作家と逆の立場のほうを描いていて、敵陣のほうの考えを中心にして描いているんです。
 検閲というのはどういうように生じるのか、この物語では、表現者の中心に立つ人のほうが具体的な検閲をやりはじめているんです。検閲官の考えのほうを忖度して、自主的に規制していってるんです。今回の検閲官には思想らしきものは無いんです。実際の文章とかはいっさい見てないで、検閲の内容というのはほんとに空っぽなんです。表現者の内なる検閲ということのほうが、検閲の本体になっているんです。ここまでは言って良い、ここからは言うわけにはいかない、という線引きがどうも編集長や論者にはあるようなんです。それは空っぽなままの検閲官よりも、かえって厳しい基準になっています。現実にはもっと明確な方針がある場合が多いと思うんですけど、近代やこの物語内部では、たぶんこういうように、検閲官はただの壁のようになっていて自主的な方針は無いんです。平和と権威を重んじる長官の命令と、新聞社編集長の方針、この二者のあいだに挟まれていて、原稿をまったく読まないし、さらには文章の内容も理解しがたくなっているわけで、検閲の手順は空洞化しているんです。
 そういう検閲官の空虚な仕事のなかで、ひとつの事件が起きます。外交問題を描いた記事で、クリユキンという作者の革命思想というのが、国家としては見逃せない危険思想なのでは、というような疑いが生じてくる。主人公の検閲官プラトンとしては、クリユキンの記す「革命」という言葉がどうも検閲して削除すべきものに思えてきた。フランス革命については誰もが書いていることであって、これを禁書とするというのは、ずいぶんムチャクチャなんです。もう検閲官プラトンは、ちょっと頭がゆるんでいて「フランス」と書いてあるとぜんぶ検閲して消してしまう。それまではどんな記事も読まずに、全部通してしまって、給料だけもらう変人だったのが、こんどは「フランス」という言葉を消しつづける役人という大迷惑なことをしはじめてしまう。
 いっぽうで、ほんとに検閲すべき、深刻な偽情報の新聞記事は、内容をちゃんと読んでいないので、ぜんぶ通してしまって、長官からお叱りを受けてしまう。そうなると、検閲官プラトンは困ってしまって、すごく大ざっぱに「個人攻撃をしている」ものは深刻な偽情報である可能性があるかもしれないし、これを消しはじめるんです。もうようするに、検閲する能力が無い人こそが、この検閲という仕事をえんえんやっていることになるんです。困っている人が困っている場所にずーっと居つづけるみたいなことが起きている。これは他人ごとじゃ無いなー、とか思いました。ここは苦手分野、というのが誰にでもあると思うんですけど、苦手分野ゆえにそこから抜け出せないわけで、要職でこういうことが起きちゃうと困るだろうなあー、と思いました。ふつうは得意分野のほうに移行してゆけると良いと思うんですが。
 これは検閲官プラトンだけが悪いわけでも無く、二種類の大組織の欠陥部分になっていて、上手く刷新できないのが困るように思います。ついにプラトンは心労で寝込んでしまうのでありました……。本文はもっとユーモラスというか滋味に富んだ小説なんです。中盤から後半あたりから、ため息と苦笑いに包まれる物語でした。
 

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