麦藁帽子 堀辰雄

 今日は、堀辰雄の「麦藁帽子」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 戦前戦中の小説の中で、もっとも現代的なのは堀辰雄だと思うんです。コロナ以前の現代社会くらい、平穏な子どもたちを描けていたり、若者の淡い恋愛描写が美しい文体で記されているんです。正岡子規のほんの数十年後にこんなに文体が洗練されてシンプルになっているのがすごい、と思いました。本作は自伝的要素も色濃いのですが、堀辰雄の物語は漫画でもリバイバルできるくらい現代的に思います。百年後でも古びないというのはどういうことなんだろうと思いました。
 漱石と堀辰雄は二人とも、養父のことをじつの父親だと思いこんでいた、という少年時代があるんです。これと東洋文学を換骨奪胎して西洋的な小説が書けたことには、なんらかの関係性があるのかもしれないと思いました。夏休みに、兄妹や幼い知り合いたちでなんとなく遊んでいる。「私」は少女と一緒に居たいと思う。避暑地のテニスコートでふたたび「私」は少女たちと出会ってゆく。本文こうです。
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 夏休みが来た。
 寄宿舍から、その春、入寮したばかりの若い生徒たちは、一群れの熊蜂のやうに、うなりながら、巣離れていつた。めいめいの野薔薇を目ざして。……
 しかし、私はどうしよう! 私には私の田舍がない。私の生れた家は都会のまん中にあつたから。おまけに私は一人息子で(略)ひとりで旅行をするなんていふ芸当も出来ない。quomark end - 麦藁帽子 堀辰雄
 
 終盤において幼少期の世界から訣別してゆく「私」の描写が……みごとでした。
  

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