中毒 織田作之助

 今日は、織田作之助の「中毒」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 スタンダールが自ら選んだ墓銘があまりにも的を射ているので、これがスタンダールらしい文学の世界観の代表になっている、このことについてはじめに論じています。名言がちょっと都合悪く作用してしまうことについて書いているんです。織田作之助は意識的にか無意識的に、ちょっと誤訳をしていてスタンダールのいう「愛した」の部分を「恋した」と翻訳しそこなっているのが妙でした。
 中盤から、織田作之助の父の話が記されるんです。近代作家を読んでいていちばんイメージと違って意外だったのは、与謝野晶子が随筆で男性批判をするところ、そこでの社会の考察の仕方の、容赦のなさと批評性の鋭さにおどろいて、これがいちばん印象に残っているんですけど、こんかいの随筆で織田作之助が父を考察する、そのまなざしにも唸るところがありました。単純化させてはいけないところを、父と私、というテーマで描きだしていました。
 少年時代の記憶がみずみずしく語られていて、織田作之助の筆致がみごとなのに驚きました。恋愛や喫煙での醜態がながながと記されて、カレーライスを食べる時にさえ煙を吸いまくっている描写あたりで呆れかえってしまいました。「近代作家は駄目人間だらけだ」というのは誤情報なのでは、とぼくは今まで思っていたんですが、この随筆の後半はなかなかひどい作家生活が描かれていてデカダンぶりがすごかったです。
 

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