生物学的の見方 丘浅次郎

 今日は、丘浅次郎の「生物学的の見方」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 近代日本では、生物学的な観察が欠落しているので、この見方を伝えたい、という随筆です。生物学的なものの見方というのは、それは人間をれっきとした動物として見る、ということで、そう言われれば、コロナ対策はこの、ツバをかけないとか、顔を洗うとか、手を水で洗うとか、潜伏したウイルスがどうなるか何日間かおこもりをして様子見をするのが重要だとか、けっこう原始的な対策をしていったわけで、生きものとしての人間をよく認識することも重大だったわけで、100年前の学者の随筆なのに、今でもちゃんと役立つのがすごいなあと思いました。
「たとえば成人の頭骨の側面には耳殻じかくを動かすべき筋肉がいくつもあるが、何故なにゆえかかる不用の筋肉がここにあるか」というと人間の胎児と魚には、同じ耳の穴の構造がある、という指摘があり、人類はほかの動物と共通しているところが多い、と分かります。人類のみがとくべつなのではないですよ、ということを記しています。そこから、うぬぼれる人間の問題点を指摘しているのが、なんだか笑う内容でした。うぬぼれを減ずるには、他の人から自分を見て、動物の視点から自分を見る……。さらに、多様な方面から人間を見てみようと、具体的に提唱しているので本文をまず読んでみてください。三角法のように、二点から対象をみくらべて、客観的に観察してみる。
 これとおなじように、新しい思潮が生じたときにも、その一点のみに固執するのではなく、生物学的にものを見る習慣を持って「いかなる生物が存し、いかに生活しているかを学」び、多角的な観点から観察をする心構えでいれば「極端の空論に走ることを防ぐこともできよう」と述べていました。ネットで本ばっかり読んでいても人生すすまないかも……とか思いました。ただこれちょっと、ほかの随筆も読んでみたいです。
 

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