細雪(3) 谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その3を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 奇妙な新聞社から、蒔岡家の駆け落ち恋愛のゴシップ記事が出てしまいます。四人姉妹の妙子が起こした、結婚できずじまいに終わるかというような恋愛の記事が、これが駆け落ち未遂事件みたいなものとして実名で報道されてしまった。現代では芸能人だけがこういう記事を書かれると思うんですが、当時の新聞社は今のSNSみたいに野方図になっていたようです。妙子の駆け落ち未遂事件を新聞社が書くときに、まちがえて、妙子のことを雪子と書いてしまった。書き間違いがあった。これを訂正させたのが、鶴子の夫(辰雄)なのでした。
 板挟みの男、というのがこんかい記されています。蒔岡家の根本を作った父がやり残したことは、末の娘二人を嫁がせることです。この仕事を引き継ぐ、辰雄という男が描かれます。人情味がちゃんとあって心配りのできる美女である、そういう四姉妹であっても、いろいろむずかしい苦しい事態というのが潜んでいるんだなと、見た目の華やかさとは異なる内情があるもんだ、と思う章でした。それで辰雄は、良かれと思って、雪子の冤罪を晴らして、新聞社に訂正させることにした。これがどうも意味が無かった。本文こうです。
quomark03 - 細雪(3) 谷崎潤一郎
 養子の辰雄には、大人しいようでその実いつまでも打ち解けてくれない雪子と云うものが一番気心の分らない扱いにくい小姑こじゅうとめなので、こんな機会に彼女の機嫌きげんを取りたかったこともあろう。しかしその時も当てが外れて、雪子も妙子も彼に悪い感じを持った。quomark end - 細雪(3) 谷崎潤一郎
 
 雪子は妹のことを思って、こう述べています。
quomark03 - 細雪(3) 谷崎潤一郎
  こいさんがひがみ出して不良にでもなったらどうするか、兄さんのすることは万事理窟りくつ詰めで、情味がない、第一これほどのことを、最も利害関係の深い私に一言の相談もせずに実行するとは専横過ぎるquomark end - 細雪(3) 谷崎潤一郎
 
 それから新聞社への対応として、このように下品な記事など取り下げさせるように、ここは金力をつかってしまえばよかったのだと苦言をていしています。
 年下の親族からこのように論理的に批判されてしまっては、これは……つらい。さらには、義理の父親のやってきた、娘をいいところに嫁がせるという仕事も上手くいっていない。縁談がとおのいていっている。板挟みになっている本家の男なのでした。他人ごとだし、気にせず読みすすめたら良いと思うんですけど、なんだかこう、もっと派手で型破りな恋愛話を楽しんで読めるのではと思って読みはじめたぼくとしては、こういう話しだったのかあと、ちょっとこれは、たぶんこれはぼくだったら途中で読むのを辞めちゃっただろう本だなと思いながらいま読みすすめています。準備を終えちゃったので、101話まで全部もらさず読む予定なんですが。従来なら読み通せなかった世界観を読み通せるようになる、というのも、そもそもの文学の魅力のようにも思います……。
 行き詰まりの恋というのが、家の恥なんだと、いうのは古い時代のありかたなんですけど、百年前はそれが当然で、本家の夫はそう考えています。本家の辰雄はこの問題を受けて辞職するつもりでさえあった。雪子と妙子は、本家の辰雄がいやになって、分家のほうの家(幸子と貞之助の家)に寝泊まりすることが増えた。
 谷崎潤一郎のこの小説は戦中に書かれたもののはずなんですが、戦後民主主義時代にも海外に広く受け入れられたという実績のある作品で、時代を超える力がある文学なんです。読んでいて思ったのは、家族の集団としての動きに、独特な迫力があって、架空のものとは思えないリアリティーを感じさせる作品に思いました。新聞記事やドキュメンタリー番組では、事件を起こしていない箇所での交流や一般人の内情を描くのがプライバシーの侵害にあたることが多いわけでこれがたいてい隠されます。よって単一の人物が急に事件を起こした、という現実的ではない構図にならざるをえないので、読んでいて内実が理解しがたく虚に包まれます。
 いっぽうで谷崎の今回の文学は、仮想空間であるがゆえに、家族それぞれの内情や、ゆるやかな時間の流れについて漏らさず描いていますから、そこで家の動きや家族のありさまというのが如実に見えてくるんだと思いました。現実を書くと非現実的になる。仮想を描くと逆にリアリティーが出る、ということが起きているように思います。
 末娘の妙子(こいさん)は、人形作りが巧みで、これが仕事になりつつあって、姉の幸子が気をきかせて、仕事部屋としてのアパートを準備してあげた。妙子は仕事もお金も上手く回りはじめて、好きなものを買って遊んで、タバコを吸ったり、また懲りずにヤンチャをしはじめているようなんです。心配になって調べてみると、妙子は仕事はしっかりやっていて、部屋をりっぱな工房にして弟子に作品作りを教えたりしている。また不倫の駆け落ちの不貞な恋愛かと思われた、妙子と奥畑は、それなりにちゃんとした付き合いをしていて将来の計画もしっかり立てているというはなしが、伝わってきたのでした。
 三女の雪子はちょっと、濡れ衣を着させられて不自由な思いをして、妹や姉への気遣いもあり、いろいろ取り残されてしまっています。
 第三話からもう谷崎文学に魅了されているところです。
 妙子の呼び名である「こいさん」というのは「小娘さん、末娘さん」という意味を含む言葉なんだそうです。
 

0000 - 細雪(3) 谷崎潤一郎

装画をクリックするか、ここから全文を読んでください。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約20頁 ロード時間/約10秒)
 
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。

■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)