論語物語(23) 下村湖人

 今日は、下村湖人の「論語物語」その23を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 孔子の言葉といえば「四十にして惑わず」「六十にして耳順う」というように順調に人生の道を歩んでいるようにいっけん見えるのですが、下村湖人の物語を読んでゆくと、孔子は正しい政治を実現するためにえんえん努力しつづけ、戦国の世界に正面からぶつかっているんです。孔子は六十歳を超えたというのに乱世の国々を放浪し「到るところで迫害と嘲笑とを以て迎えられねばならなかった」と書かれています。孔子は当時も現代もすぐれた賢者として知られているのですが、それを政治に活かすための権力は、ほぼまったく持っていないままなのです。孔子はそれを実現するための道を歩みつづけている。
 楚の昭王のところへ向かいたい孔子なのですが、陳と蔡の権力者たちがこれをおそれて阻み「孔子の一行を包囲さした」のです。
「立ったままでは疲れる。ゆっくり坐って」いるべきような状況で、孔子は「野獣のように曠野にさまようている」と自らの人生を語ります。
 孔子がもっとも信頼する弟子、顔回は「五日間の野宿で、誰よりも弱っている」うえ「彼の顔は、ほとんど死人のように青ざめて見え」る状況に陥ります。
 勇ましい子路でさえ「孔子が全く無策でいるのが腹立たし」く感じ、琴を弾く孔子に対して「行詰った揚句の自己欺瞞」だと疑問を感じています。
 君子であっても窮地におちいることはある。しかしそこでみだれることがないように生きることが大切だと、孔子は語ります。
 本文とまったく関係が無いんですけど、ぼくの場合はちょっと嫌がらせを受けただけで途端に態度が悪くなり、やる気がなくなる性格でまさに孔子が言うところの小人の世界観の中に住んでいるんだと思うんですけど、孔子は命の危険さえある状況で、取り乱さないんです。まさに賢者です。
 世に容れられなくとも、道を修めることの重要性を、孔子は説きます。これには納得がゆくんです。世間的にはずっと不成功の状態であっても、道を修めつづけることはできると思うんです。
 孔子は、長い時間をかけて包囲が緩むのを待って、楚の昭王のところへかろうじて辿りつきます。……次回に続きます。

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