原爆回想 原民喜

 今日は、原民喜の「原爆回想」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは原爆の直撃を受けて、辛くも生き残った原民喜の随筆です。まだ平和に暮らしていたころの父や妻のやっていたことを、生き生きと描くところに、家族への思いがにじむように思いました。当日の被爆地でなにをどう調理して食べることが出来たのかを記していて、当時の営みが描かれていました。本文こうです。
quomark03 - 原爆回想 原民喜
  私たちはその日の夕刻頃には、みんなもう精魂つきて、へとへとになっていた。私はオートミイルの缶をあけて、それを妹に焚かせて、みんなに一杯ずつ配らせた。すると次兄は、「ああ、こんなにおいしいものが世の中にあるのか」と長嘆息した。このミルクと砂糖の混っているオートミイルの缶は、用意のいい亡妻がずっと以前に買って非常用にとっておいた秘蔵の品である。この宝が衰えきった六人の人間を一とき慰めてくれたのである。quomark end - 原爆回想 原民喜
 

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「廃墟から」を全文読む。
 
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グーセフ チェーホフ

 今日は、チェーホフの「グーセフ」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 坂口安吾も愛読した、アントン・チェーホフの本を読んでみました。400人もの船員がのりこんだ、とても大きな船の様子が描きだされます。船には、どうも妙な男たちがいるんです。船のなかのようすが、大陸全体を暗喩しているかのような、不思議な描写もあるんです。男たちが故郷を回想する場面がみごとなんです。ぼくはアントン・チェーホフの「妻」の難民支援を描きだした小説が、驚くべき傑作だと思うんですが、氏の描きだす郷土愛に、とくべつな魅力があるように思います。
 屈強な男たちが船上で賭けカルタをしている。さっきまで盛んに話していた男が、とつぜん動かなくなる。グーセフも、海の熱波にやられてもうほとんどものを食うこともできないでいる。終盤の弔いの物語と情景描写が圧巻でした。
  

0000 - グーセフ チェーホフ

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 グーセフやその仲間たちも船から見たであろう情景を描きだす、最後の一文がみごとな文学作品でした。本文こうです。 
quomark03 - グーセフ チェーホフ
  そのとき天の方では、日の沈む側に雲がむらがっていた。その一つは凱旋門に似ていて、次のはライオンに、三番目のは鋏に似ている。……雲の後ろから、幅のひろい緑色の光が射して、空のなかばまでとどいている。暫くすると、この光に紫色の光が来て並ぶ。その隣には金色のが、それから薔薇色のが。……空はやがて柔かな紫丁香花色ライラックになる。この魅するばかりの華麗な空を見て、はじめ大洋はしかめ面をする。が間もなく海面も、優しい、悦ばしい、情熱的な——とても人間の言葉では名指すことも出来ぬ色合になる。quomark end - グーセフ チェーホフ
 

奈々子 伊藤左千夫

 今日は、伊藤左千夫の「奈々子」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 伊藤左千夫は正岡子規と深い関わりのあった歌人です。ぼくは伊藤左千夫の小説を読むのは初めてなんですが、序盤は朗らかな親子の物語で、遊びの描写が生き生きとしてすてきで引き込まれました。起承転結がみごとな家族小説で……読了後にもういちど読み直してみると、金魚の不幸が大人たちの不注意さを暗示していて、物語上で重大な伏線になっているのだと思いました。後半は厳しい状況が描かれ、いったい何が起きたのか事態の検証が行われるんです。長らく栄えるのは、こういう人々なのではと思いました。明治の終わりに書かれた小説です。
 

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老人と海 ヘミングウェイ

 今日は、ヘミングウェイの「老人と海」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは1952年に出版されたヘミングウェイの中編小説です。さいしょは対話が大部分を占めているのが印象に残りました。
quomark03 - 老人と海 ヘミングウェイ
 「じゃあおやすみ、サンチャゴ」
 少年は出て行った。quomark end - 老人と海 ヘミングウェイ
   
 というところからずっと一人で、老人と海を描く物語が展開します。本文こうです。
quomark03 - 老人と海 ヘミングウェイ
  老人はすぐに眠りに落ち、アフリカの夢を見た。彼はまだ少年だった。広がる金色の砂浜、白く輝く砂浜。目を傷めそうなほど白い。高々とそびえる岬、巨大な褐色の山々。最近の彼は毎晩、この海岸で時を過ごすのだった。彼は夢の中で、打ち寄せる波の音に耳を傾け、その波をかき分けて進む先住民たちの舟を眺めていた。quomark end - 老人と海 ヘミングウェイ

 重要なところで「ライオン」や「雪山」というような、大きな隠喩を記すのがダイナミックでみごとに思いました。老人が魚を釣り上げたところの描写がなんとも独特なんです。釣れかけているところで、むかし釣り上げた魚の描写が入ったり、大魚とほぼ同時に、べつの魚が釣れてしまってこれを意図的に切り落としたります。「別の魚を引っ掛けたせいで奴を逃がしたら、その代わりがいるか? 今さっき何の魚が食いついたのか、それは分からん。」とか大魚を釣り上げるために、とりあえずさっき釣れたマグロを生で食っている描写とか、大魚をひっぱりつつ金色のシイラを釣り上げて食うとか、釣れている状態と言えるのか釣れていない状態なのか、どっちか分からないという奇妙な状態が、たいそう長くつづくのがなんだか不思議なんです。本文こうです。
quomark03 - 老人と海 ヘミングウェイ
  彼は、斜めに走るロープの先の暗い海を見下ろした。食わなきゃいかん、手に力をつけるんだ。手が悪いわけじゃない。もう長い時間、あの魚とこうしているんだからな。永遠にでも続けてやる。さあ、マグロを食わねば。
 一切れをつまみあげ、口に入れて、ゆっくり噛んだ。まずくはない。
 よく噛んで、残らず栄養を吸収するんだ。quomark end - 老人と海 ヘミングウェイ
 
「漁ができた」と言えるのか「漁ができなかった」と言えるのか、判別できないのがなんだかすごいんです。「漁ができなかった」という証拠も、序盤や終盤であまたに記されていくんです。
 この二分割できない文学的な描写が進展していって、魚と人が入れかわるような描写にもなったりもします。「奪う側」と「奪われる側」というような二分が出来ずに、人間と動物や、現実と幻想や、古代と近代が、奇妙に混じりあってゆくのが、見事に思いました。中盤では、大魚を射止める、ということを、月を射止めることに喩えたりもしていて壮大な古典文学みたような描写もありました。
 老人がただ一人で魚を釣って……帰ってきた、という大まかなあらすじとはまったく異なる、ひとことで言いあらわせない何だかが、書き連ねられた文学に思いました。ゴールドラッシュの黄金時代を連想させる作品に思いました。こういう本を再読したくていろいろ本を探していたのだと、思いました。
 

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本作品は石波杏氏によって翻訳され「クリエイティブ・コモンズ 表示 2.1 日本 ライセンス」で公開されています。詳しくは本文の底本をご覧ください。
 
 
 

かすかな声 太宰治

 今日は、太宰治の「かすかな声」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは物語をあまたに描いた太宰治にしてはめずらしく、話のスジがほとんどない、散文詩のような短編でした。乱雑に並べた名言集のような、展開がなく、オチのない作品なんですが、このような掌編であってもやはり太宰治の独特な個性が表れているのが不思議に思いました。

0000 - かすかな声 太宰治

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富籤 アントン・チェーホフ

 今日は、アントン・チェーホフの「富籤」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 宝くじの9割くらいの数字が当たっていることを発見した状態で、のこりの1割の数字を見る前に、もし大金が手に入ったらいったいなにをしようか、ということを妙に考えはじめる。真面目な労働の対価を得るのではなくて、想定外のお金が手に入る……ということを、ずいぶん詳細に考え続ける男女の話で、これは……仮想の物語を詳細に書きあらわす、ということにも共通している話しに思いました。小説を作るという構造そのものの仕組みにも似たことが論じられているように思いました。ふつうなら考えられない金のことを考えてみる。すごい物語を描き続けたドストエフスキーが、どうしてギャンブルに夢中だったのかとか、そういうことも想起させられる小説でした。
 

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追記  ここからはネタバレになると思うんですが……今とまったく異なる人生の展開を思い描くうちに、今ここの生きかたがズレてしまって、男女の間で諍いが起きる。新しい想定が見えすぎる人というのは、見えざる不和や苦労を背負い込むのでは、と思いました。さいごの言葉がほんとに、こんなに苦々しく笑うこともめったにない、と思いました。男のくやしまぎれの悪態というのが、表面上の言葉を突き抜けて、圧倒的なユーモアに到達しているという、絶妙なオチでした。