小犬 鈴木三重吉

 今日は、鈴木三重吉の「小犬」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 この童話の主人公であるおばあさんは、泥棒に入られたあとに、番犬として犬を飼いたいと思っていたんです。ところが犬を飼うのにはたくさんのお金が必要で、困ってしまって、犬を捨てることにしてしまった。童話に対して、現代法律と照らし合わせてツッコミを入れるというのはとにかく非文学的だと思うんですけど、今の時代は、ペットを捨てたり害を与えたりするのは違法なんです。おばあさんは、小犬を無碍に捨てるのは忍びなく、奇妙なことになってゆく……。作中に登場する「犬の捨て場」という表記を読んで、現代ではこの問題はいったいどのようになっているのか調べてみると、ほんの10年前と今とで、ずいぶん状況は変わっていると知りました。2010年と2020年で比較してみて、動物愛護管理法による殺処分もかなり減って十分の一以下になっているようです。犬と人間との関係性もほんの短い期間で、ずいぶん変化している。
 いまと百年前とでは法律も違うし、体格も違うし、どうも犬の生き方もぜんぜんちがう。ぼくは古くさい性格の犬をずいぶん昔に飼っていたんですけど、飼い主に対して咆えつづけて突撃してきて怪我寸前の悪さをするとか、お腹が空いたらもうとんでもなく騒ぐとか、散歩をしていてもぜったいに並んで歩こうとしないで綱引き合戦をえんえんやっているとか、大事なマンガをグチャグチャにかみ散らかして嬉しそうにシッポをふっているとか、強そうな植木職人にはしっぽを巻いて逃げるとか、番犬とか愛玩という言葉とは、まったく関係ない犬の人生を歩んでいたのを、思いだしました。
   

0000 - 小犬 鈴木三重吉

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約10頁 ロード時間/約3秒)
 

牛を調弄ふ男 原民喜

 今日は、原民喜の「牛を調弄ふ男」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 原民喜というと「夏の花」がもっとも有名な作品だとおもうのですが、今回の「牛を調弄ふ男」というのはなんだか妙な掌編小説で、若い女の子をからかったかと思ったら、こんどは大きな牛をからかおうとする。読み終えてから……いったいいつ書いた作品だろうと、ちょっと調べてみると、1935年の小品集『焔』に収録されていたものだとわかりました。1939年から原民喜の文学はその質が変化しています。詳しくはwikipediaを読んでみてください。この短編は、だれも注目していない作品なんですけれども、読んでみると、原民喜の危機への意識が垣間見られる、のちに原爆小景を発表しガリバー旅行記の翻訳をする、偉大な作家の、若書きのころのちょっとした小品だ、という感じがします。不思議な短編です。
 

0000 - 牛を調弄ふ男 原民喜

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約10頁 ロード時間/約3秒)
 

晶子詩篇全集拾遺(56)

 今日は、与謝野晶子の「晶子詩篇全集拾遺」その(56)を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 今回は、飢えたひよ鳥が描きだされた詩でした。食の不足をみなで解決せねばならない時代は、今よりも集団の結びつきが色濃かったわけで、慢性的な飢えのある時代から飽食の世界に至る一歩手前の時代に、与謝野晶子は生きていた、と思いました。

0000 - 晶子詩篇全集拾遺(56)

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら)
(総ページ数/約5頁 ロード時間/約3秒)
★はじめから最後まで全文を通読する(大容量で重いです)
 

橋の下 山本周五郎

 今日は、山本周五郎の「橋の下」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 橋の下から、世間をぼんやりと観察する、男がいる。どうもかつては家柄のよい武士で、ある時を境に零落したらしい。老翁は、ぐうぜん訪れた若い侍に、このように述べます。
quomark03 - 橋の下 山本周五郎
  「この橋の下には、人間の生活はありません」と老人は静かに話を続けた、「こういうところで寝起きするようになってからの私は、死んだも同然です、橋の上とこことはまったく世界が違いますが、それでも私には、橋の上の出来事を見たり聞いたりすることはできます、世間の人たちは乞食に気をかねたりはしませんし、もうこちらにも…………quomark end - 橋の下 山本周五郎
  
 果たし合いのそののちの世界が描きだされます。現実には、劇的な場面よりも、そのあとの時間のほうが長いわけで、山本周五郎はその通常なら記されてこなかった「それから」を描いていました。
 

0000 - 橋の下 山本周五郎

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約10頁 ロード時間/約3秒)
 

論語物語(26) 下村湖人

 今日は、下村湖人の「論語物語」その26を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 孔子は、貧しい暮らしの中でも学問に深く打ちこんだ顔回(顔渕)を、とても高く評価してきました。
 今回は、まだ仕事をしっかり実現できそうにないということで仕官を辞退した漆雕開しつちょうかいとの話しです。
 漆雕開には「思慮と、反省と、謙譲の徳」がある、孔子はそう考えて肯定した。その上でこう言うんです。
「三年間学問に精進して、なお俸禄を求めない人があったら、その人こそ、真に得易くない人間じゃ」
 現代の義務教育でも九年あるんですけれど、ここでいう三年というのは、どうも長年という意味も含まれているらしいです。
 孔子は歴史的な賢者だったのですが、晩年になってもいまだに、政治を行うための権力を得てはいないままなんです。正しい政治を実現することを理想として生きたはずなのですが、政治的には無力な状態でずーっと学問と哲学をやっていったのが孔子なんです。
 

0000 - 論語物語(26) 下村湖人

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら)
(総ページ数/約10頁 ロード時間/約3秒)
★『論語物語』をはじめから最後まですべて読む(※大容量で重いです)
『論語』はこちら(※論語の原文に近い日本語訳です)

竹林生活 北原白秋

 今日は、北原白秋の「竹林生活」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 ぼくはこの本を十年くらいまえに読んだのですが、ほとんど忘れてしまっていたのでもういちど読んでみました。
 関東の大震災のあとに、詩人の北原白秋が、その被害と心境を記しています。白秋自身がどのように被害にあったのか、そのことをこう記しています。
quomark03 - 竹林生活 北原白秋
 あの時、私は頭上に微傷こそ負つたが、幸に命はあつた。私の妻子も辛うじて逃れて恙は無かつた。ともに私たちは奇運を得た。私の家は大破はしたが、不思議に倒壊を免れ得た。quomark end - 竹林生活 北原白秋
 
 小田原のほとんどの家は倒壊したのです。それから避難先の竹林での生活がはじまります。人々の感じていた恐怖心と、武装した集団のことも描かれてゆきます。そのあとで、北原白秋は、自然界を丁寧に描写してゆくんです。この自然を描きだすところ、「私たちははじめて」……という記述の前後がとても印象深かったです。苦難のあとにこそ詩の眼差しが必要である、と思いました。ところで本文とそれほど関連性は無いのですが、アドルノが指摘した、詩と文化の野蛮さについての問題は、このページの随筆が分かりやすかったです。
 

0000 - 竹林生活 北原白秋

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約10頁 ロード時間/約3秒)
 
追記
アクセス数の少ない読書サイトでリンクを貼ってもあまり意味は無いと思うんですが、今年もyahoo!Japanで【3.11】と検索すると少額が募金されます。