機械 横光利一

 今日は、横光利一の「機械」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは百年前にしては最新の機械がそろった工場で起きた、不審な事件についての物語なんです。軽部という男と「私」は、仕事場で仕事中に際限なく争いをつづけていて暴力的で、危険な状態なんです。「私」は「屋敷」という優秀な男の仕事場での不審な行動に、違和感を抱く。
 産業スパイとして仕事を不当に盗みに来たのではないかという疑いを三人で抱きあっている。科学者や工学者や労働者とは思えない、無駄な殴りあいの暴力が突発的に生じ続けるのが、ワケが分からない映画でもみている気分になりました。
 賢いはずの三人の労働者が、意味不明に殴りあいをする、という奇妙な話しなんですが、途中で「真鍮を腐蝕させるときの塩化鉄の塩素はそれが多量に続いて出れば出るほど神経を疲労させるばかりではなく人間の理性をさえ混乱させてしまうのだ。」という記載があって、労働中にシンナー中毒みたいな中毒症状が出て、アル中のように暴力的になることはあり得るのでは……と思いました。
   

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追記 ここからは完全にネタバレなんですが、三人で酒を飲んだあとに「屋敷が重クロム酸アンモニアの残った溶液を水と間違えて土瓶の口から飲んで死んで」しまったんです。軽部が屋敷を殺した可能性がある。酒にさんざん酔っていたので「私」が「屋敷」を殺した可能性もある。「私の頭もいつの間にか主人の頭のように早や塩化鉄に侵されてしまっているのではなかろうか」というのが恐ろしいです。麻薬か睡眠薬を不当に飲まされて、過失致死事件を引きおこしてしまった場合、いったい誰が本当の犯人なのか分からなくなってしまうのでは、と思いました。

擬体 豊島与志雄

 今日は、豊島与志雄の「擬体」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 戦争が終わったあとに、GHQが日本を支配している、国警本部が動いている、日本の公安が調査をしている、という状況で、元軍人の石村という男が現れます。社長の石村は青木という主人公に、ある活動に協力するように依頼する。
 本文には「上海にいた時、それは戦時中のことで、石村は特務機関の仕事をやっていた」と書いています。その上海時代に、青木はなんとなく、今西巻子と何度か行動を共にして居た。その今西巻子は、いまこの戦後に、GHQが禁じている日共組織側の立場でスパイ活動をやっている可能性があると、石村は告げるのでした。青木は今西巻子と関わりが深いので、ほんとに日共スパイなのかどうかを確かめることにした……。つづきは本文をご覧ください。作中にこういう記載があるんです。「ひとをやたらに疑ったり、ひとをやたらに信じたりするのが、間違いの元です。だから、何でもないことがスパイに見えたり、何でもないことがスパイのスパイに見えたり、大間違いの結果になります。ばかげてるじゃありませんか」本文では戦後の軍事や諜報についていろいろ論じられているんですが、防衛論についても極論だけは辞めたほうが良いのでは、とか思いました。
 

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追記  ここからはネタバレなんですが、今西巻子を調べてみると決めたすぐあとに、主人公の青木が自殺未遂をしてしまうんです。未遂であって傷は浅く死ななかったんですが、これが突然すぎてよく分からなかったんですが、たぶん、日共のスパイという疑いが生じていることで心的な負荷が強かったのか、あるいは社長の石村の仕事依頼の内容に納得がゆかなかったのかと思われます。
 青木は体が治って、すぐに会社を辞職しました。スパイ活動を依頼されたがこれを断って辞職しました。どうもけっきょくは、今西巻子は、スパイでもなんでもなかったのに疑われたようです。おわりの10行が謎めいていて、なんだか不思議な読後感でした。

泥濘 梶井基次郎

 今日は、梶井基次郎の「泥濘」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
quomark03 - 泥濘 梶井基次郎
 何をする気にもならない自分はよくぼんやり鏡や薔薇の描いてある陶器の水差しに見入っていた。心の休み場所——とは感じないまでも何か心の休まっている瞬間をそこに見出いだすことがあった。以前自分はよく野原などでこんな気持を経験したことがある。quomark end - 泥濘 梶井基次郎
 
この箇所が、コーネルの箱の美術を連想させるように思いました。石鹸の挿話が2回あるんです。これが絵画的というのか、奇妙な存在感を示していました。仕送りのお金をやっと手に入れて、町をゆく「自分」の心情と同時に、美しい情景が描写されてゆきます。ついうっかり間違って買ってしまった石鹸を見ていると、母の記憶と声が再生されます。月光と石鹸……。
 

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階段 海野十三

 今日は、海野十三の「階段」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは近代の探偵小説で、犯人を科学的に調査して、理詰めで探してゆくというお話しでした。これはなんだかネタバレなんですが……この本は探偵小説ですけど、とくにトリックは存在しないんです。足音の録音によって、足音の特徴を見分けて、犯人をみごと特定できた、というところが印象的でした。指紋を検出して犯人を見分けるように、足音を記録して犯人を見つけてしまった。これが書かれた50数年後には監視カメラや通信履歴で犯人を探すわけで、音の記録で犯人を探す、というのが先進的でした。音だけでも、いろんなことが見えてくる、というのが不思議な感じでした。

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大凶の籤 武田麟太郎

 今日は、武田麟太郎の「大凶の籤」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 神社のおみくじで凶を引いたという経験は自分にもあるはずなんですけど、記憶に蓋をしてしまっていて、じっさいどういう気分だったのか、前後の記憶がまったく無かったりします。自分にとって都合のいい記憶は脚色してなんども話して忘れない、というのがふつうだと思うんです。作家の武田麟太郎は、この大凶を引いたときの記憶を再現するような感じで、ひどい暮らしをしていたことを詳細に書いていくんです。
 いったん自堕落になると、どこまでも人生を放りだしてしまう、という自己の奇妙な性格について吐露しています。「現実的な望みなぞ、嘘みたいにはかなく消えて、雲や水に同化したいと云ふ及びもつかない野心を起すこともある」と、老子の教えっぽいことも言うんです。
 仕事があって家族を養って順調に生きていた筈なんですが、急に原稿を書けなくなって締め切りも過ぎてしまい、真冬の貧しい街に逃げ出してしまって、ボロボロの宿で見知らぬ「高等乞食」の男と木賃宿に泊まって、仕事も家も完全に投げ出して、もうすぐ元旦がくるような日付に、浮浪者のように呆然としている。
 高等乞食というのは言い得て妙で、いっさい働かず無為に過ごしても死なないで済むのはそうとうぜいたくなことで、ふつうは仕事をしたり、自宅にこもって健康を維持したりしないと、たいてい行き詰まってしまう。海外旅行の貧乏旅をしている感じで、安宿に居座って、いつまでも自宅に帰らない。
 狐使いの老いた占い師、高等乞食、「私」この木賃宿に居座る3人の話しでした。
夢で見た戦場のピアノの描写がなんだかすごかったです。
 三人は泪橋でぐだぐだえんえん飲むんです。百年前からほとんど変わらない地勢というのがあるんだなあと思いました。大晦日の東京を描きだした、季節感のみごとな小説でした……。 
 

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ねじくり博士 幸田露伴

 今日は、幸田露伴の「ねじくり博士」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
  哲学的な学者が、奇妙なことを語りつづけるという不思議な話で……博士は幼いころに、ある大発見をしたというんです。道はまっすぐなほうが使いやすいのに、どうしてねじれたクネクネの道があるのか、その謎に、博士は幼いころに挑戦したというんです。
 博士によると、天地はみんな「ねじれてる」と言うんです。宇宙全体が「ねじねじ」なんだそうです。天地は螺旋らせんでできている、犬のしっぽも、頭の毛も、たいてい螺旋でできている……。
希臘ギリシャの哲学者はまず哲学を学ぶ前に数学をやれと弟子達に教た」とか「矢は螺線になッて飛ぶから真直に行くのだよ」とか「地球も自転しながら進むのだからつまり空間に螺旋している」という発言がなんだかほんとの発言っぽいんです。
 世界にある、いろんな螺旋について語りつづけるのが、妙に過剰で文体がみごとでした。
 幸田露伴の書く博士は、輪廻転生や、自然界のカオス理論についてさまざまに語りつづけます。
 

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追記   「螺旋らせんの法則」と「法螺ほら貝」をかけた、ちょっとした落語的なオチもありました。