二人の男と荷車曳き 夢野久作

 今日は、夢野久作の「二人の男と荷車曳き」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 夢野久作といえばとにかく無茶苦茶なことをどこまでも書ききるという作家だと思っていたんです。こんかいの短編では、ほとんど異変らしい異変は起きない、すぐに終わる掌編なのですが、氏の「ドグラマグラ」や「少女地獄」がなぜ書かれたのか、その謎の解明になりそうな二つの事柄が記されているように思いました。力自慢の男二人が決闘をするときに、なぜかはじめに銃撃戦になって、能力がまったく互角であるために、弾丸がどれも中空でぶつかり合ってしまって無効化されるという、近代小説にしては珍しいメタ的な展開があるというのと、中盤後半でトリックスターの役割として出てくる「荷車曳き」が、力自慢の二人を操って——彼が自分の意図をさいごに明かします。「ててお出でになる無駄な力を拾っただけです」という……これがじつは「ドグラマグラ」の執筆を可能とした、動機の一部でもあったのではと、いうように空想しました。
 

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好奇心 織田作之助

 今日は、織田作之助の「好奇心」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは新聞の片隅に載せられた掌編小説です。最初の数行はたどたどしい文体で、これは主人公の女性の急いた心情を書きあらわしているのかと思うんですが、事件の被害にあった知り合いを腐すことからはじまって、事件への好奇心を語る構成でした。
 最後はちょっと納得のゆく展開になるんですが、終わりの1行で、なんだか腑に落ちました。
  

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最小人間の怪 海野十三

 今日は、海野十三の「最小人間の怪」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 カエルよりも小さい、微小な人間たちを目撃したN博士のかたる怪談……なのでした。
 

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追記   大きさを自在に変えられる大女が現れて「私」は洞穴から逃げ出した。この謎の女を「私」はずいぶんのちになってから上野科学博物館で目撃します。それが幻覚だったのか、あるいは博物館から微小になって姿をくらませたのかは謎のまま、物語は幕を閉じるのでした。

黄金風景 太宰治

 今日は、太宰治の「黄金風景」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これはなんだかギョッとする内容のもので、幼いころの「お慶」さんというかつての女中への思いの遍歴が書きあらわされていて魅入られました。太宰が作家になる寸前と、戦中と、戦後の作風に得心がゆく掌編に思いました。ほんの数頁の作品なんですが、日本近代文学の代表的な私小説に思いました。
  

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追記  本作で引用している、プーシキンの言葉はこれは「ルスランとリュドミラ」という物語詩に記されたものです。
 

疲労 国木田独歩

 今日は、国木田独歩の「疲労」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは……とくになにも起きない人間関係を描写していて、未完の習作のように一頁ほどで途切れてしまう掌編小説です。
 

0000 - 疲労 国木田独歩

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(総ページ数/約2頁 ロード時間/約5秒)
 
追記  推理小説の冒頭ではよくある不穏な人間関係の描写が展開するんですが、この小説ではなにも事件は起きないのでした。行き詰まりの予感と、不吉な気配で締めくくられる掌編でした。ちょっと未来のAIがこの先の話を書いたら、たぶん秀逸な推理小説が展開してゆくのでは、と思いました。
 

母 芥川龍之介

 今日は、母の「芥川龍之介」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
  二十世紀の初頭に、日本人の2つの家族が上海に住んでいて、裕福な暮らしをしているはずなんですが、なぜか暗い気配がある。ふっくらと太った丈夫そうな赤んぼうを育てている隣家と比べて、顔色の悪い自分の赤ん坊のことが気になる母の物語なのでした。どういう話しか、分からない展開で、難読書かと思ったのですが、終盤に苦の正体が明らかになるのでした。不幸のあとの数日間の描写があって、この数頁の芥川龍之介の物語構築が印象深く、ふつうなら言葉にならない意識が記されていて、近代日本の純文学らしい作品だというように思いました。
 中盤と終盤に描かれるふくよかな赤ん坊は、無辜を象徴するような存在で、芥川龍之介の描いた「蜘蛛の糸」における「ある日の事でございます。御釈迦様おしゃかさまは極楽の蓮池はすいけのふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。池の中に咲いているはすの花は、みんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色きんいろずいからは、何とも云えないにおいが、絶間たえまなくあたりへあふれて居ります。極楽は丁度朝なのでございましょう。」というように描いた極楽と、この赤ん坊は近しい存在としてあるのでは、と思いました。
 放鳥、というこの小説が書かれた頃に日本から消えていった、文化のことが描かれるのでした。
 

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