死せる魂 ゴーゴリ(3)

 今日は、ニコライ・ゴーゴリの「死せる魂」第3章を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 主人公のチチコフは詐欺師なんです。これが明記されるのが全体8%あたりの第1章さいごの行です。名作ではよくある、信用の出来ない主人公(道化のような主人公)の目を通して、異化された世界をのぞき見てゆく、という仕組みなんです。前回、亡くなった農奴たちを買い取る、という謎の仕事に成功したチチコフは、次の大地主ソバケーヴィッチのところへ、従者とともに馬車で向かっています。ところが酔っ払いの部下が運転する馬車が横転し、貴族チチコフは泥まみれになってしまいます。
 夜もふけて雨も激しく、野宿することもできない状態で、まったく見知らぬ村に迷い込みます。よく見ると、意外と裕福な農村なんです。そこでチチコフは、大きな屋敷に入り込んで泊めてもらい、翌朝になると、ここでも謎の仕事をしてやろうと思いつきます。
 二〇〇年ほど前のロシアでは、権力をもつ人に対してペコペコしてしまう習性があるらしいです。ほんとうなのか分からないんですけど、ゴーゴリはそう記しています。ただの冗談なのかもしれないんですが。本文こうです。
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 ロシア人の中には、相手が農奴を二百人もっている地主と、三百人もっている地主とでは、話し方をすっかり変え、三百人もっている地主と、五百人もっている地主とでは、又まるで違った話し方をし、五百人もっている地主と、八百人もっている地主とでは、これまた別な話し方をするといった名人がいる。quomark end - 死せる魂 ゴーゴリ(3)
 
 ギリシャ神話の神プロメシュースのごとく振る舞っていた男が、じぶんよりも地位(またはお金)がある人にでくわすと「蠅よりも更に小さい、砂粒ぐらいにちぢこまってしまうのだ」というんです。
 
 ぼくはまだこの物語がどういう転結に至るのか知らずに読んでいる最中なんですけれども、チチコフはとにかく、死んだ農奴を、譲れるだけ譲ってもらって、雇えるだけ雇ってしまいたいと、考えているようです。買えるはずのないものを買うつもりでいる詐欺師なんです。魂を買うつもりなのか、なにをどう盗むつもりなのか。どういう罪を犯すつもりなのか、謎めいているのでした。本文では、死んだ農奴を買うくだりはこう記されています。80人くらいの農奴をかかえる村の女主人がこう言うんです。
「役人がやって来ては、人頭税を払えって言いますだよ。農奴は死んでしまっているのに税金だけは生きているとおりに取りたてるのです」という女地主ナスターシャ・ペトローヴナにたいしてチチコフは死んだ農奴を「十五ルーブリ」で買い取り「納税の義務は残らず私が引き受けるのです。そのうえ、登記も」済ませると言うんです。ところがどうも怪しい取引なので、ペトローヴナおばあさんはどうも気が進まない。
 
 これ……現実にもしこういう人が居たとしたら、どうかんがえてもチチコフと関わるべきではないんですよね。小銭が手に入るとしても、どうしてもなにか、言いようのない疑心というのが生じます。説明できないんだけど、逃げたほうが良い、という状態なんです。詐欺の仕組みは分からなくても、分からないなりに断ったほうが良い、という提案をされるんです。本文では、おばあさんはこう言います。
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 「それがねえ、どうも、まるで聞いたこともないような、おかしな商いだもんでね!」
 ここでチチコフは、すっかり堪忍袋の緒をきらしてしまい、腹立ちまぎれに椅子を床に叩きつけざま、悪魔を引合いに出して老婆を罵った。quomark end - 死せる魂 ゴーゴリ(3)
 
 おばあさんはまっ青な顔をしてしまいます。ひどい状態です。チチコフの本性がこの、第三章の中盤から見えてきます。ついに大ウソを言っておどしてくるんです。「キリスト教徒としての博愛心から、あんたのためを思って言い出した」「とっととくたばってしまうがいい、お前さんの持村も一緒に滅びてしまうがいい」こんな怒りの言葉を吐きます。
 怒っている人にたいして、つい不快でめんどうなので、異常な提案を受け入れてしまうんです。死んだ農奴を売り払うということに同意してしまう。怒っている人の要求というのが通ってしまう。こういう人からはさっさと離れて何も言わないというのが最善策だと思うんですが、相手は押し売り以上に強引なので、悪い話しを聞き入れてしまった。どうして通ってしまったのかというと、大きなお金がどうも動きそうだからです。女主人はちょっとした欲が出てしまったんです。そこをつけ込まれてしまいました。
 チチコフはヤバイ男なんです。その気にさせるのが上手いんです。飴と鞭を使い分けて相手を翻弄してしまう。いろんなものを買い取りますよと言うんです。「買いますとも、ただ、今じゃなく後でね。」「買いますとも、買いますとも。何でも買いますよ」と言うんですが、いっこうに金は払わないわけです。
 安定した儲けの出ていない自分としては、人ごとではない描写に思いました。こんな口のうまい詐欺師に出会ったのは運が悪かったと思うしかないのか、あるいはもっと注意深く相手を疑って生きる必要があるのか、なんだかよく分からない、謎の領域にチチコフが立っているんです。もっと正直にイヤなものはイヤだと言ってあっさり断って、去ってもらえるはずなんですが。チチコフはけっきょく、死せる農奴たちを買い取って、次の町へ向かうのでした。いったいどういう詐欺なんでしょうかこれは。今のところ、ぼくにはよく分からないです。
 

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